慶應義塾

福沢文明塾 コア・プログラム講義録

このサイトについて

ホーム > ストラテジックリーダーシップ > 第16期コア・プログラムストラテジック・リーダーシップ「過去と決別し、意識を改革する」

第16期コア・プログラム
ストラテジック・リーダーシップ
「過去と決別し、意識を改革する」

講師:大西賢
(日本航空株式会社 取締役会長)
インタビュアー:田村次朗(慶應義塾大学 法学部 教授)
ライター:永井祐子
セッション開催日:2016年11月24日

2010年1月、会社更生法の適用を申請した日本航空(JAL)。破綻後初の社長に就任した大西賢さんは、会長として招いた稲盛和夫氏と共にその再建に挑んだ。世間からの大きな批判や注目を浴びる中で、2年半後には再上場を果たすなど驚くべき速さで再建を成し遂げた、その成功のカギは意識改革にあったという。

01大西.jpg

 

採算意識の欠如と高コスト構造


2010年2月1日、社長に就任した大西さんが語ったのは「過去との決別」という言葉だった。「打診を受けてからの2週間真剣に考えましたが、5,000億円もの債券放棄、さらに株券も紙くずになってしまうことが想定される状況で、当時の私に言えるのはそれが精一杯でした」。

 

02大西.jpg決別しなければいけない過去とはどんなものだったのか。まずは採算意識の不足だ。公共交通機関として航空機を安全に運航し続けることのみを使命と感じ、民間企業として必要な利益を生み出す意識が希薄だった。「普通の企業なら1年でも赤字を出したら、次年度は黒字化するために必死になるでしょう。何年も赤字が続いても平気でいた我々の考え方には大きな欠陥があったということです」。さらに、右肩上がりの成長を妄信し、イベントリスクへの備えが欠如していた。悪いときがあったとしても、なんとかやり過ごせば何とかなるという思想もあった。元々は政府出資の国策航空会社として設立されたため、財務的な経営規律がなく、「最後は誰かが助けてくれるから潰れることはない」という甘えもあった。

 

これらの企業文化に加え、国内では競合他社との二社寡占状態にあったことや、首都圏空港の発着枠の慢性的な不足により競争が極めて限定的という環境要因もあった。「ベースアップ、ボーナス、年金制度など、我々が見ている相手は競合他社のみ。世間水準という視点がなく、限りなく高コスト構造となっていたのです」。こうした状況が積み重なった結果、リーマンショックの国際線旅客急減でキャッシュショートを起こし、破綻に至った。

 

意識改革のための、企業理念とJALフィロソフィ

 

 

03大西.jpg

「過去との決別」のためにまず着手したのは、事業構造の改革だ。「破綻した状態を病気に例えるなら、まずは外科手術で出血を止めなければなりません。毎月垂れ流す赤字を止めるための改革が必要でした」。そこで、赤字路線を削減するなど事業規模を2/3に縮小すると共に、人員規模も1/3をカット。給与や年金などにもメスを入れ、人件費を大幅に削減した。

 

その結果、破綻前の2008年に比べて2012年には、営業収入は6割程度に縮小したものの、営業利益は-5.1%から15.8%と大幅に回復した。数字的にはこれはLCC各社並みの水準となる。「しかし、今後何もしないでいたら、他のフルサービスキャリアと同様3~5%になってしまうのは明らかなので、この数字をいかにキープするかが課題となります」。

 

外科的にとりあえず出血を止めただけでは、また病気は再発してしまう。二度と手術が必要ないように内科的な治療で体質を変えていかなくてはならない。「早急に意識構造を変えて内面的にも構造改革を図っていくことで、はじめて過去と決別し、新しいJALが生まれると考えました」

 

JALの内情を把握した稲盛氏は、経営者不在と指摘した。経営者とは継続して利益を上げ続けるために責任を持って企業を運営する人。当時のJALにはそれが欠けているというのだ。こうした過去と決別して再生するために、新しい企業理念が作られた。「従来も企業理念はありましたが、A4用紙で3枚分もあるような長大なもので、誰も中身を見ていないというのが実情でした。本来、企業理念とは何かがあったときに、『我々の企業はこうなのだ』と何度も思い出せるようなものでなくてはいけない。まずはそこを変えることにしました」。

 

JALグループは、全社員の物心両面の幸福を追求し、

一、 お客さまに最高のサービスを提供します。

一、 企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献します。

 

新しく作られたたった3行のこの企業理念には、企業は従業員のためにあり、リーダーだけではなく社員全員が考えて行動する、目先ではなく長い目での利益を見据えるという考え方が込められている。そして、この理念を実現するために守るべき行動指針を記したのが「JALフィロソフィ」(http://www.job-jal.com/about_jal/philosophy.html)だ。40項目に及ぶこの企業哲学に書かれているのは、子供が道徳の授業で習うような基本的なことばかりだ。「誰にでも分かりやすく、素直にそうだよねと思えることばかりです。しかし、それを実践するのは、むずかしいのです」。

 

トップが変わらなければ企業は変わらない


そもそも、破綻前のJALにも意識改革をしようという試みはあった。しかし、それがうまくいかなかった理由は、リーダー自身が変わらなかったからだと大西さんは捉えた。「社員教育を受けた社員がいくらその気になっても、現場に帰れば職場もリーダーも何も変わっていないために、彼らは大きく失望する。意識改革をするつもりが、どんどん会社が嫌になる人間をつくりだしてしまっていた。社員に変われという前に、リーダー自らが変わることが必要だったのです」。

 

トップから変わらない限り、会社は絶対に変わらない。その反省から、最初に取り組んだのは、社長を含めて役員や部長級の約50人に対する意識改革だった。幹部クラスで月1回、ミドルマネージメントクラスで2か月に1回、一般職は3カ月に1回という勉強会は、現在も継続されている。「10人の部下がいたとして、上司が変わらなければその10人が変わることはありません。しかし、上司が変われば、部下たちは限りなく早く変わっていってくれるのです」。

 

意識を変えるための制度改革として、社員一人ひとりが責任感を持つ全員参加型の経営にするために、部門別採算制度を導入した。「社員個人の目標と会社の目標とが遠いと、自分のこの一歩が会社の成績にどう影響するのか分かりづらいものです。1,000人、1万人という組織では自分の動きが全体にどう結びつくのが分からないけれど、3人とか5人のチームにして目標を立てれば、一人ひとりの日常の動きがチームの結果として表れてくるはずです」。

 

gbot36192.jpg


もうひとつの改善点は、決算の早期化だった。破綻前のJALでは、その月の決算の結果が分かるまでに2カ月もかかっていた。これを改め、すぐに分かるようにすれば、結果が良ければ喜べるし、悪ければ反省点を見つけて次に生かすことができる。社員たちのそのリアクションを見たとき、以前の自分たちにはいかに<人間の気持ち>というものに配慮がなかったかを実感したという。「再生の過程でやってきたことは、大半が今までに何度もやってきたことでした。でも、机上で計算しているだけで、社員がどういう気持ちになっているか、社員全員がいっしょに取り組むことの意味という点に、配慮がなかったのだと痛感しています」。

 

今回、破綻から再生へというプロセスの苦しみを直接味わった社員は、その記憶は強烈に残るだろう。しかし、世代代わりをすると、いずれ忘れてしまうかもしれない。御巣鷹の墜落事故を体験した社員がもう5%程度しかいない状況で、それを忘れないための安全教育に力を入れているように、この経験が風化しないように語り継いでいかなければならない。大西さんの心には「傲ることは決してあってはいけない」という稲盛氏の言葉が深く刻み込まれている。「その言葉を聞いたときはまだ再生の途中だったので、今この段階でそういう話をするのかと驚きましたが、リーダーとして貴重な示唆をいただいたと思っています」。

 

<質疑応答>

【塾生】

トップが変わらないと組織は変わらないというお話がありましたが、トップに変わってもらうために、下の人間は何ができるでしょうか?

【大西さん】

人を動かそうと思うとき、表面上は分かったと言わせても、その人が心の底からそうだなと思わないと動かせるものではないと思います。議論の中でロジックを並べ、相手の堅い鎧を脱がすことはできても、その人がまとっている薄いベールを無理矢理はぎ取ることはできません。最後の最後は、その人自身が脱ごうという気持ちになるように仕向けていくよう努力するしかないと思います。

 

04大西.jpg

【塾生】

同じような状況になった会社があったとして、会社更生法というショッキングな方法以外でこれを建て直す方法があると思いますか?

 

【大西さん】

我々がやったことで一番効果があったのは、そもそもどんな会社を目指すのかという意識改革でした。人間はすべてを失ったときは拠り所が欲しくなります。その状況では、企業理念やJALフィロソフィは、これに頼っていこうという一種の宗教のような精神的支柱として受け入れられたので、一気に変えることができたのだと思います。ただ、こういう状況はなかなか作り出せるものではありません。平常時にこれをやるには、情熱を持ったトップが強いリーダーシップで引っ張っていくしかないでしょう。 

 

【塾生】

企業理念を一人ひとり浸透させるために具体的にどんなことをしましたか?

 【大西さん】

意識を変えるには、中身の濃い琴線に触れるアプローチをしていく必要があります。そしてそれには時間をかけるしかない。簡単にできると思ったら大間違いです。稲盛さんの口癖に「君は誰にも負けない努力をしたか?」という問いがあります。どんなに努力したつもりでも、そう聞かれると「やりました」とは言いにくいものです。このように稲盛さんの言葉は、エッセンスだけが詰まったものが多いです。個人的に印象に残っているのは、「君は会議室に入るときに右足から入るか、左足から入るか?」と聞かれたこと。リーダーは、自分の一挙手一投足はどれだけ影響を与えるのかを考えて行動するべきだということです。自分の話を聞いている側、指示を受ける側の気持ちをどこまで考えることができるか。自分では何気なくしていることでも、見ている側はそこにどんな意味があるのかと感じてしまう。そこを推し量って動いていくのが大事なのだということです。

 

【塾生】

自分の後継者を選ぶとしたら、どんな人を選びますか?

05大西.jpgのサムネール画像

 

 

【大西さん】

類型的な条件はありません。平時と有事では求められるものは違うので、そのときの状況で考えます。ただ、結局はすごく強くて熱い人間じゃないと絶対にやっていけないとは思います。その熱さをどこに振り向けていける人なのかを考えると思います。

 

【塾生】

常に変革を続けていける組織であるためには、どんなことが必要だと思いますか?

【大西さん】

そこに明快な答えを持っている人はいないと思うので試行錯誤です。基本的には、ずっと考え続けること。どうしてもこれをやりたいとずっと考え続けているからこそ、あるきかっけでそれをたぐり寄せることができる。考えていないのに、突然結果が得られるということはありえないのです。「窮すれば通ず」という言葉は、「困れば案外うまくいく」として知られていますが、原典の『易経』では「窮すれば即ち変ず、変ずれば即ち通ず」と書かれており、困ったときには変化をし、その結果うまくいくという意味なのです。変わろう、変化しようと思い続けることが何かのきっかけをたぐり寄せることになるのだと思うし、私たちはこれからもずっと風化させないためにはどうしたらいいかを考え続ける必要があるのです。

 

【塾生】

過去との決別に挑む中で、自分自身として変わらなかった部分はありますか?

【大西さん】

結果として変わらなかったものはあるかもしれませんが、自分としては一度すべてをぶっつぶそうと本気で考えました。その中で、たとえば御巣鷹のような負の遺産など、何度考え直してもこれはとっておくべきだと思うものは別として、それ以外の特にいいことは全部スクラップしようと思いました。「不易流行」という言葉がありますが、私たちには不易なんてない。何か腐ったものがずっと残って根っこになってしまわないように、一度すべて捨て去るという発想でした。

 

<クロージングメッセージ>

一番お伝えしたいのは、人は<腹落ちする>、<ポンと膝を叩く>、そういう状態にならない限り、いっしょには動けないということです。それを念頭において人と接することで、自分の考えも通じるし、最後の薄いベールを脱いでもらうことにつながるのだと思います。そこに達するには時間がかかるということも覚えておいてください。簡単なことではないけれど、そこに行かない限りいっしょに行動するしかない。そのために、誰にも負けない努力を続けるしかないのです。

 

<編集後記>

冒頭、経営破綻についての陳謝から始まったこの日のセッション。自らが抜擢された理由を「泥臭さ」と捉え、後継者の条件を「熱さ」と語る言葉からは、驚異的なV字回復を可能にしたのは、まさに泥臭くも熱く社員をリードしていくトップの姿だったのだということを伝えてくれたと思う。

▲ページTOP

次回予告

  • 第17期コア・プログラム
    ストラテジック・リーダーシップ
    「観光先進国日本の進むべき道」

    伊達美和子
    (森トラスト株式会社 代表取締役社長)

  • 第17期コア・プログラム
    ストラテジック・リーダーシップ
    「不確実な時代におけるリーダーシップ」

    鈴木健一郎
    (鈴与株式会社 代表取締役社長)

アーカイブ

慶應義塾トップ | 当サイトのご利用・個人情報について

Copyright © Keio University. All rights reserved.