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福沢文明塾 コア・プログラム講義録

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第16期 コア・プログラム
ベーシック・リーディング
「福澤諭吉の経営思想-尚商立国と士流学者-」

講師:平野隆
慶應義塾大学商学部 教授)
ライター:永井祐子
セッション開催日:2016年11月12日

近代日本を代表する啓蒙思想家、そして教育者として知られる福澤は、「会社」や「複式簿記」などの概念を西洋から紹介するなど、日本の経営史においても重要な役割を果たした。そんな福澤が考えた会社の本質とは何か、それはその後の日本にどんな影響を与えたのだろうか。

 

これらの改革は困難を極めた。しかし、西洋の圧力に対抗するという危機感の中で、いち早く近代化を成し遂げるには、多方面に一挙に近代産業を確立する必要があり、それを引き受けるのは三井や三菱のような財閥の役割であると、中上川は考えたのだろう。つまり、福澤のいう尚商立国を、三井を舞台に実践しようとしたのが中上川だったのだと思う。実際、福澤と中上川の間にはそういうニュアンスのことが書かれた往復書簡が交わされている。
このときに彼が三井に引き込んだ企業は、カネボウ、東芝、王子製紙、三井鉱山、三井造船などその後の日本を代表する企業となった。不況の影響もあり社内で力を失った中上川は失意のうちに40代の若さで亡くなるが、彼の行った三井の工業化、多角化は、尚商立国という長期的目的を考えると、決して無駄ではなかったといえるだろう。
<質疑応答>
前半の講義内容についての質問などが行われた後、この日の事前課題のひとつとして提示されていた「近年、日本企業の不祥事が多発している原因」について意見交換が行われた。
【平野さん】
皆さんの回答の中には、不祥事は近年多発しているわけではなく、昔からあったものがSNSなど情報環境の変化で見えるようになった、あるいはコンプライアンス精神が高まって見過ごされなくなったのではという意見もありました。元々あって量的には変わっていないというなら、それは今後も減らないのか、あきらめるべきなのか、それともどうにかできるものなのでしょうか。
【塾生】
市場環境が変化し、利潤追求とのギリギリのせめぎ合いにおいて、グレーゾーンの判断基準が甘くなっているということは感じます。
【塾生】
ステークホルダー重視という問題もあると思います。数字として見せなくてはいけない状況で、特にサラリーマン社長は自分の在任中にいかに結果を出すかが問われます。さらに、事情を知っていてもトップが決めたことにはNOと言えない風土もあるのではないでしょうか。
【塾生】
日本には失敗を許さない文化があり、それが背景になっているのかなと思います。
【平野さん】
それは、最近の傾向なのか、それとも昔から日本の特徴なのでしょうか?
【塾生】
東京タワーができたような高度成長期と違って、成功が見えにくい部分があるのかなと思います。分業制の影響もあり、自分が何をやっているのかがよく分からなくて、客観的に見えるものが数字しかなくなってしまったのかもしれません。
【平野さん】
そうだとすると、それは先進国共通の問題なのでしょうか?
【塾生】
思想的な面が違うのだと思います。日本の道徳教育では基本的にみんながやるべきことをやりましょうという感じのことを教えられますが、自分がどうするべきか、社会全体でどう考えるべきかとう思想を、高等教育までの期間に訓練する時間がないからだと思います。
【平野さん】
対処方法ということではいかがでしょうか?
【塾生】
私自身の仕事柄会計不祥事ということに絞って言うと、日本の経営はどんどん欧米化して成果が求められる一方で、ガバナンスの方は昔と変わらず性善説に立っていて、「基本的に悪いことはしないはずだから、していないことを確認する」という感じになってしまっています。そのアンバランスが問題なのだと思います。解決策としては、ガバナンスも欧米化し、社外の監視を増やすとか、不正をした経営者は厳しく罰するような仕組みも必要だと思います。
【塾生】
システムとして性悪説のガバナンスを考えるという考えには賛成ですが、結局は人間ひとりひとりの個人の問題だと思います。何も考えずにレールの上を進むというのではなく、個人の単位で考える習慣を付けるような教育を、社会に入る前に行うことも必要なのではないでしょうか。
<クロージングメッセージ>
過去との対話で、自らの人生をよりよきものに
歴史を学ぶことはいくつかの効用があります。まず物事の本質を考える材料を提供すること。今ある制度が元々はどんな風にできたのかに立ち返ると、「そもそも」ということを考えるきっかけになります。二つ目は、歴史は自分の姿を写す鏡であるということ。今とは違う過去に出会うことで、当たり前だと思っていたことがそうではないと気づく効果があります。三つ目は、現在のことを考えるシミュレーションやケースを提示してくれるということ。現在起きていることと似たようなケースを過去から探すことで、今起きていることの原因、結果、今後どうなるかを推測する手助けとなります。
イギリスのE.Hカーという歴史家が「歴史とは現在と過去との絶えざる対話である」と言っています。現在の経験を過去に投影し、あるいは過去の経験を現在にフィードバックすることの繰り返しによって、それを参考に今後の生き方を良い方向に持って行くためのひとつの手段として使えればと思います。皆さんも、歴史の見方をうまく使って、それぞれの立場でよりより人生を歩まれることを願っています。
<編集後記>
会社の本質とは公益への貢献であるという福澤の考えを学んだ上で、昨今の企業の不祥事についてどう考えるか。単に福澤の考えに触れるだけでなく、過去に投影することで現在の問題の解決策を探るという「歴史の使い方」の実例を示してくれたセッションだった。
近代日本を代表する啓蒙思想家、そして教育者として知られる福澤は、「会社」や「複式簿記」などの概念を西洋から紹介するなど、日本の経営史においても重要な役割を果たした。そんな福澤が考えた会社の本質とは何か、それはその後の日本にどんな影響を与えたのだろうか。

02平野.JPG


会社の本質は、公益に貢献すること


日本に初めて会社という概念が紹介されたのは、慶応2年(1866年)に出版された『西洋事情』初編においてである。福澤自身が2回の洋行体験で見聞きしたことや、現地で買い集めた洋書から得た知見を元に、当時の西洋社会のさまざまな制度や文物について一般の人にも分かりやすく書いた、いわば西洋のガイドブックだ。正規版で15万部、非正規版もそれ以上に出回っていたと推測され、当時の読書人口を考えればかなりのベストセラーとなり、政府の役人が新しい制度が作るときの参考にもされていたようだ。その中の「商人会社」という項目に、会社について紹介している部分がある。

西洋の風俗にて大商売を為すに、一商人の力に及ばざれば、五人或いは十人、仲間を結てその事を共にす。之れを商人会社と名付く。既に商社を結めば、商売の仕組み、元金入用の高、年々会計の割合等、一切書に認めて世間に布告し、「アクション」と云える手形で金を集む。
 (『福澤諭吉著作集』第1巻、慶應義塾大学出版会、26頁)

03平野.JPG「アクション」とは株式を意味するフランス語であり、ここでは財務情報を広く社外に公開することで株式を売り、お金を集めるという仕組みが紹介されている。いくら富豪でも個人で出せるお金はたかがしれているが、広く薄く集めれば多額の資金を集めることができ、1人では不可能な巨大な事業も可能になるというのである。続く部分では、株式を自由に売買できるようにすることで、株の持ち主の個人的な事情とは関係なく、会社という組織が継続できるようになるのだとも述べられている。

『西洋事情』では、「商人会社」だけでなく、「学校」「新聞紙」「病院」などの項目においても、<会社>あるいはその構成員である<社中>という言葉が使われている。いわゆる営利企業ではないこれらのものについても会社という言葉を当てている点に注目したい。ここから推測できるのは、事業を通じて社会に貢献することが会社の本質であると福澤が捉えていたということだ。


実業を盛んにし、国の独立を確かなものとする


会社に営利は必要だが、営利の追求自体が目的なのではなく、事業を継続するための手段なのだと福澤は考えていたのではないか。その根拠となる著作のひとつが、明治23年に出た「尚商立国論」だ。「尚商」とは、武事を尚ぶ(たっとぶ、とうとぶ)という意味で使われていた「尚武」という言葉から福澤が作った造語であり、「商を尊重する」という意味で使われている。商とは商いだけでなく工業も含めて広く実業としてのビジネスのことだ。

抑も朝野士人の議論に於て、商を尚ぶの要を知ること昔年封建時代の武に於けるが如くならんには、商道に従事する商人を尊ぶことで武道に従事する武人を尊ぶが如くにして、始めて天下に尚商の風を成し、有為の人物も皆争うてこの道に赴き、人物の集るに従てその道に重きを致し、人と道と相待てますます勢力を増し、社会の上流に商人の地位を出現して、啻に商売の事のみならず、人間万事を支配して以て国を立るの工風を運らすべき筈なるに、維新以来今日に至るまでの実際を見れば、是等の工風に乏しきのみか、時としては逆行の痕跡さえなきに非ず。
 (『福澤諭吉著作集』第6巻、慶應義塾大学出版会、271~2頁)

04平野.JPG「尚商立国論」で述べられているのは、実業を盛んにすることで国を富ませ、国の独立を確かなものにしていくという考え方だ。そのためには、尚武の時代=封建時代に武士を重んじたのと同じように、実業に従事するビジネスマンを重んじることが必要だと主張している。しかし、当時の日本は封建時代の士農工商という身分制度がなくなっても、士が官に置き換わっただけで、農工商は卑しいものという考え方が根強く残っていた。そのために優秀な人材はみんな官に行ってしまい、実業の世界には入ってこない。その結果、まずますバカにされて優秀な人材が確保できないという悪循環に陥っているというのである。一方で、旧来の商人たちに対しても、目先の利益のことばかり考えていると痛烈に批判している。

こうした状態を変えるために福澤は「官尊民卑の打破」を求めた。人々の間に根強い「官が尊く民は劣っている」という考え方を改めさせるには、まず官の方に空威張りをしているのをやめさせて民の方に歩み寄らせ、両者を平均させようと考えた。さらに、自らの門下生に対して、役人ではなく民間の世界に行くよう熱心に勧めた。その結果、慶應義塾の出身者が早い時期から民間の実業界に出ていく人が多くなったのだと考えられる。


尚商立国のための実業を担うのは「士流学者」


一方で、これからのビジネスはいかにあるべきかという点について重点的に論じているのが、「尚商立国論」の3年後に出版された『実業論』という著作だ。『尚商立国論』と同じく『時事新報』に連載された論説記事をまとめたもので、まさに福澤のビジネス論ともいうべき本である。一般には、政府はなるべく民間に関与するべきではないとする自由貿易のすすめとして引用されることが多いが、この中で福澤はビジネスの担い手についても言及している。

05平野.JPG当時の日本は政治や教育などの分野に比べて、商工業など実業社会での進歩が遅いと分析した上で、その理由として、実業社会に日本の最上の知識人を利用していないという点を指摘している。知識人たちが学問や政治にばかり集中するために、実業界は凡庸な人間で占められているというのである。それを踏まえ、今後の実業のイニシアチブを託すべき相手は、「士流学者」であると提唱している。

今日の実際を視て今後の形勢を察するに、我実業社会の全権は遂に士流学者の手に帰すること復た疑うべからず。仮令い今の士流その人に帰せざるも、荀も実業の真の発達を見るはその社会の人を悉皆士化せしめるたる後の事と知るべし。
 (『福澤諭吉著作集』第6巻、慶應義塾大学出版会、309頁)

福澤の言う「学者」とは現在一般に使われる意味とは少し異なり、大学教授や本を書くような人に限らず、学問を身に付けた人を指す。それも、漢学や儒学ではなく、新しく入ってきた西洋の学問を身に付けた広い意味での知識人のことである。「士流」とは武士出身であってもなくても、武士の精神を持っている者という意味だ。武士の精神とは、武道を尊ぶことではなく、公のことを思う気持ち、公益心を持つことを意味する。福澤は封建的な身分制度を批判していた一方、公に対して責任感を持つという意味において、武士の精神を高く評価していた。すなわち、新しい西洋の学問を身に付け、公益心を持った「主流学者」こそが、新しいタイプの社会のリーダー、ビジネスの担い手になるべきであると福澤は主張したのである。


福澤の考えを実践した門下生の活躍


06平野.JPG福澤のこうした考えは机上の空論で終わることなく、これを受け継ぎ、実業界で実践した門下生が多数生まれた。その中の1人が中上川彦次郎である。彼は慶應義塾卒業後、教員、イギリス留学、役人、『時事新報』や三洋鉄道の社長を歴任した後、三井銀行に入った。政界の実力者で三井の最高顧問格でもあった井上馨の要請を受けて入行した彼は、三井銀行の改革を行ったことで知られる。

その改革とはどのようなものだったのだろうか。まず、役人たちに貸していた不良債権の整理や、換金取り扱い事業の返上などの改革を断行し、それまでの政府依存のビジネスモデルからの脱却を図った。これはまさに福澤の言う官尊民卑の打破を実践したといえるだろう。さらに、従来は丁稚奉公などから上がってきた店員が中心であったところを、新しい学問を身に付けた学卒者を積極的に採用した。また、時代の流れに沿って多角化を目指し、特に工業分野に三井のビジネスを広げようと、さまざまな会社を接収したり、人を送り込んだりして三井の傘下に入れていった。

これらの改革は困難を極めた。しかし、西洋の圧力に対抗するという危機感の中で、いち早く近代化を成し遂げるには、多方面に一挙に近代産業を確立する必要があり、それを引き受けるのは三井や三菱のような財閥の役割であると、中上川は考えたのだろう。つまり、福澤のいう尚商立国を、三井を舞台に実践しようとしたのが中上川だったのだと思う。実際、福澤と中上川の間にはそういうニュアンスのことが書かれた往復書簡が交わされている。

このときに彼が三井に引き込んだ企業は、カネボウ、東芝、王子製紙、三井鉱山、三井造船などその後の日本を代表する企業となった。不況の影響もあり社内で力を失った中上川は失意のうちに40代の若さで亡くなるが、彼の行った三井の工業化、多角化は、尚商立国という長期的目的を考えると、決して無駄ではなかったといえるだろう。


<質疑応答>

前半の講義内容についての質問などが行われた後、この日の事前課題のひとつとして提示されていた「近年、日本企業の不祥事が多発している原因」について意見交換が行われた。

07平野.JPG【平野さん】
皆さんの回答の中には、不祥事は近年多発しているわけではなく、昔からあったものがSNSなど情報環境の変化で見えるようになった、あるいはコンプライアンス精神が高まって見過ごされなくなったのではという意見もありました。元々あって量的には変わっていないというなら、それは今後も減らないのか、あきらめるべきなのか、それともどうにかできるものなのでしょうか。

【塾生】
市場環境が変化し、利潤追求とのギリギリのせめぎ合いにおいて、グレーゾーンの判断基準が甘くなっているということは感じます。

【塾生】
ステークホルダー重視という問題もあると思います。数字として見せなくてはいけない状況で、特にサラリーマン社長は自分の在任中にいかに結果を出すかが問われます。さらに、事情を知っていてもトップが決めたことにはNOと言えない風土もあるのではないでしょうか。

【塾生】
日本には失敗を許さない文化があり、それが背景になっているのかなと思います。
【平野さん】
それは、最近の傾向なのか、それとも昔から日本の特徴なのでしょうか?

08平野.JPG【塾生】
東京タワーができたような高度成長期と違って、成功が見えにくい部分があるのかなと思います。分業制の影響もあり、自分が何をやっているのかがよく分からなくて、客観的に見えるものが数字しかなくなってしまったのかもしれません。

【平野さん】
そうだとすると、それは先進国共通の問題なのでしょうか?

【塾生】
思想的な面が違うのだと思います。日本の道徳教育では基本的にみんながやるべきことをやりましょうという感じのことを教えられますが、自分がどうするべきか、社会全体でどう考えるべきかとう思想を、高等教育までの期間に訓練する時間がないからだと思います。

【平野さん】
対処方法ということではいかがでしょうか?

【塾生】
私自身の仕事柄会計不祥事ということに絞って言うと、日本の経営はどんどん欧米化して成果が求められる一方で、ガバナンスの方は昔と変わらず性善説に立っていて、「基本的に悪いことはしないはずだから、していないことを確認する」という感じになってしまっています。そのアンバランスが問題なのだと思います。解決策としては、ガバナンスも欧米化し、社外の監視を増やすとか、不正をした経営者は厳しく罰するような仕組みも必要だと思います。

【塾生】
システムとして性悪説のガバナンスを考えるという考えには賛成ですが、結局は人間ひとりひとりの個人の問題だと思います。何も考えずにレールの上を進むというのではなく、個人の単位で考える習慣を付けるような教育を、社会に入る前に行うことも必要なのではないでしょうか。


<クロージングメッセージ>

過去との対話で、自らの人生をよりよきものに


歴史を学ぶことはいくつかの効用があります。まず物事の本質を考える材料を提供すること。今ある制度が元々はどんな風にできたのかに立ち返ると、「そもそも」ということを考えるきっかけになります。二つ目は、歴史は自分の姿を写す鏡であるということ。今とは違う過去に出会うことで、当たり前だと思っていたことがそうではないと気づく効果があります。三つ目は、現在のことを考えるシミュレーションやケースを提示してくれるということ。現在起きていることと似たようなケースを過去から探すことで、今起きていることの原因、結果、今後どうなるかを推測する手助けとなります。

09平野.JPGイギリスのE.Hカーという歴史家が「歴史とは現在と過去との絶えざる対話である」と言っています。現在の経験を過去に投影し、あるいは過去の経験を現在にフィードバックすることの繰り返しによって、それを参考に今後の生き方を良い方向に持って行くためのひとつの手段として使えればと思います。皆さんも、歴史の見方をうまく使って、それぞれの立場でよりより人生を歩まれることを願っています。


<編集後記>

会社の本質とは公益への貢献であるという福澤の考えを学んだ上で、昨今の企業の不祥事についてどう考えるか。単に福澤の考えに触れるだけでなく、過去に投影することで現在の問題の解決策を探るという「歴史の使い方」の実例を示してくれたセッションだった。

 

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    「観光先進国日本の進むべき道」

    伊達美和子
    (森トラスト株式会社 代表取締役社長)

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