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第14期コア・プログラム
ストラテジック・リーダーシップ
「固定概念を壊し、前例のないことに挑む」

講師:石坂典子
(石坂産業株式会社 代表取締役社長)
ライター:永井祐子
セッション開催日:2015年10月17日

 

日本での廃棄物処理は、年間排出量約4億5000万トンのうちの約9割を民間事業者が担っている。二代目社長として父から産業廃棄物処理会社を受け継いだ石坂さんは、思い切った社内改革を進める一方で、環境活動にも積極的に取り組んできた。社会に必要不可欠な仕事でありながらその存在を疎まれるという逆風の中で、業界の地位向上に挑む姿から見えてくるリーダー像とはどんなものだろうか。
バッシングを反転させ、「必要とされる」会社を目指す
石坂さんが父の創設した石坂産業(埼玉県入間郡)に入社したのは20歳のときだ。単なる手伝いという軽い気持ちは、1999年に起きたダイオキシン騒動を機に大きく変化した。「埼玉県所沢市周辺の農作物に高濃度のダイオキシンが検出された」とテレビ番組で報道されたことがきっかけで、近辺の農家は風評被害による大損失を被り、その怒りの矛先が産廃業者にも向けられたのだ。中でも地域の最大手だった石坂産業が受けたバッシングは激しいものがあった。
苦境に立った父との会話の中で会社設立当時の思いを聞いた石坂さんは、その3年後、自らが社長になってこの会社を建て直すことを決心する。「苦労して貯めたお金で買った一台のダンプカーから始めた父は、解体した廃材を埋め立て現場に運びながら、これからはリサイクルの時代が来ると感じ、この会社を作りました。同時に、自分が体験した苦労を味わわせないためにも、子供に受け継いでもらえるような会社をつくるというのが父の夢だったというのです。それならぜひ私に継がせてほしいと直訴したのです」。
怒号も飛び交う男性ばかりの業界。「女には無理」といったんは反対した父だったが、石坂さんの熱意を受け入れ、代表権を持たない「お試し社長」としてチャンスをくれることになった。石坂さんが30歳のときだった。
「住民から裁判まで起こされるという状況で私が考えたのは、生き残っていくためには、地域の人に必要だと感じてもらえるような会社にしなくてはならないとうことでした」。そこで、地域住民から不満の声が大きかった焼却をやめ、リサイクル専門の方向へとビジネスの舵を切る。同時に、廃棄物処理の際に出る粉じんや騒音で迷惑をかけないよう、すべてを屋根で覆う全天候型の処理設備を建設した。そのための設備投資は約40億円。当時の年商が約23億円であった石坂産業にとっては、無謀ともいえる大きな決断だった。それにもかかわらず、建物の中が見えなくなったことで住民からは逆に怪しむ声が出始めた。世間を震撼させたオウム真理教になぞらえて<石坂サティアン>と呼ばれ、中でやっていることを隠しているに違いないと非難されたのだ。
そうした疑念を払拭するために石坂さんが行ったのは、2億円を投じて見学用の通路を作り、誰でも工場の中を見られるようにすることだった。社員からは「産廃業者を見学に来る人などいない」「無駄な投資だ」という反対も多かった。「それでも私は、自分たちがやっていることは間違っていない、ゴミの処理という世の中で誰かがやらなくてはいけない仕事を私たちが代わりにやっているのだということを、実際の目で見て分かって欲しかったのです」。
里山再生活動による地域貢献を、会社のブランド価値にする
地域の理解を得るために次に取り組んだのは、周辺のゴミ拾い活動だった。当初は冷ややかに見られていたが、5年ほど続けた頃ようやく「お疲れさま」と声を掛けられるなど理解を得られるようになった。一方、ゴミ拾いを続ける中で、これらのゴミの多くは一般の人が捨てたものであるということに気づく。そして、ここに不法投棄が集中するのは、付近の雑木林の存在が原因になっているのではないかと思い至った。
調べてみると、300年以上前にこの地域の田畑を開墾した際に水の確保のために植樹されたこの雑木林が、里山崩壊を起こしているということが分かった。昔は落ち葉を堆肥として農業に利用するなどの里山循環が成り立っていたのだが、化学肥料の発達や農家の減少などによって人の手が入らなくなった結果、荒廃したジャングルと化し、たくさんの不法投棄がなされるようになってしまっていたのだ。
そこで、石坂さんはボランティアでこの森の手入れに着手した。借り受けた森はおよそ東京ドーム4個分。「こんなことをして何の利益になるのかと言われました。しかし、地元で手入れできないために荒れてしまった森を明るく開けた森にすることで、周辺事情は大きく変わるはずです。私はこうした地域貢献を私たちの会社の見えないブランドとして使っていこうと考えたのです」
この里山再生活動には、年間2000~3000万円の経費がかかっている。しかし、里山が整備された結果不法投棄が減少したこともあり、地域の人たちからは喜ばれるようになった。そこで、さらなる里山保全を進めていくための指針として、JHEP(ハビタット評価認証制度)の審査を受けることにした。これは2008年に日本生態系協会が創設した制度で、生物多様性の保全や回復に役立つ取り組みを評価する制度だ。審査の結果、2012年に最高評価であるAAAを獲得。管理を始めてから5年の間に、絶滅危惧種といわれるような草花が11倍に復元するなど、生物多様の森に変わっていることが認められたのだ。
さらに、翌2013年には、ESD(Education for Sustainable Development、持続発展教育)の認定制度にも挑戦。ESDとは、環境や平和など地球規模の課題解決につながる価値観や行動を生み出すための教育である。持続可能な社会の教育には、座学での勉強だけではなく、本人が自分で体感し、自らの気づきを得ることが重要であるとされる。環境省や文科省もこのESDを教育のツールにすることを推奨しており、そうした場を提供する個人や団体を「活動の機会の場」として認定する制度を始めている。これに注目した石坂さんは、同社で管理する里山や産廃処理業の見学を環境教育の場として活用してもらうことを目指し、この認定を取得したのだ。この認定を受けているのは、日本全国でも現在まだ9箇所しかない。各種の認定制度でお墨付きをもらった効果もあり、今では全国から1万人近い人たちが見学に訪れるようになっている。
こうした実績を踏まえ、環境教育の共同研究を行うオープンラボのようなものを建設し、さまざまな価値観の人たちといっしょに経営を考えていくというアイディアも温めているという。「そのオープンラボを通して保全費をいただくこともできるかもしれません。ゴミを出す側の人たちが、単なるゴミ処理のためにお金を払うのではなくて、地域貢献や社会貢献性の高いビジネスに投資するという感覚を持ってくれたらうれしい。そんな風に考えてくれる人をひとりでも増やしていく活動がこれからは不可欠だと思うので、そこに力を入れていきたいです」。
石坂さんにとって今後の目標は、ゴミを出す側の人たちの価値観を変えていくことだ。「そのためには、単に廃棄物を処理するというだけでなく、その背景には何があるのかということを消費者の人にも知ってもらうことが、ひとつのチャンスになると考えています」。
<質疑応答>
【塾生】
業界の常識を覆すような理念を仕事相手に理解してもらうために、どんな工夫をしましたか?
【石坂さん】
圧倒的な地産地消産業である私たちの会社では、お客様は後回しにしでも地域の人に認めてもらうことが大前提です。そこで、搬入に来るお客様にはアイドリングストップやクラクション禁止などいくつもの要望を出しています。社外の方に理念を伝えるには社員にも一緒に発信してもらうことが不可欠ですから、まずは社員に理解してもらうために頭と時間を使いました。挨拶、整理整頓、清掃など社員自身の姿勢を直すことから始めたので最初は猛反発されましたが、それが自分たちのお給料アップや生活の向上につながるのだということを丸5年かけて説得しました。今では社員もよく理解した上で説明してくれるので、お客様からも寒い朝でもアイドリングをストップするなどの協力が得られるようになりました。そこまで至るのは時間がかかりましたが、共有価値を持つということはとても大切なことだと感じています。
【塾生】
石原産業方式は、業界のスタンダードになり得ると思いますか?
【石坂さん】
この業界は小さな会社がほとんどです。本来かかる費用+社員が幸せになれる経費、さらに環境に配慮できる経費を受け取るためには処理単価を上げる必要があるのですが、簡単ではありません。
そこで今私たちがチャレンジしているのは、いろいろな人たちに私たちのやっていることを見てもらって、共感してもらえたら、それをSNSなどで拡散してもらうことです。そうすると、全国の同業者が私たちのやっていることに関心を持ち、見学に来るようになります。みなさんが見に来てまず驚くのは、社員が楽しそうに働いているということ。こうやって若い人たちが明るく楽しく働いているのは、私たちが働く人たちの環境づくりに投資してきたからです。
まだまだ零細企業が多く、教育にお金をかけることはできないのが現状であっても、私たちの現場を見てもらうことで、人材教育や設備投資をしないと生き残っていくことはむずかしいのだと分かるでしょう。その結果、良い会社にしていくために廃棄物の処理単価を上げていこうという力強い行動が生まれてくることを期待しています。自分たちの会社だけが注目を浴びればいいというのではなく、それをきっかけとして、全国の同業者に勇気を与えたいのです。
【塾生】
自分に反論してくる人とは、どう向き合うことを心がけていますか?
【石坂さん】
父の経営理念を聞かせてほしいと頼んで書いてもらった言葉が「謙虚な心、前向きな姿、そして努力と奉仕」でした。最初は平凡な言葉だなと拍子抜けしたのですが、次第にこの言葉なくして二代目社長は務まらないと感じるようになりました。それ以来、ムカっときたりカーッとしたりしたときには、この言葉を自分に言い聞かせています。反論せずにとにかく人の話を聞く。この人は何を考えているのか、あの人はどういう価値観を持っているのかを聞いて、それを前向きに捉え、どうすればいっしょにやっていけるかを考えるように努力しています。自分のことを優先せずに、まわりのことを考えて行動しようというのが私の最大のポリシーとなったのも、この父の経営理念のおかげです。
【塾生】
ご自身もお子さんを持つ母親としての経験を踏まえ、リーダーにとっての子育てと仕事の両立についてどう感じていますか?
【石坂さん】
私自身は臨月まで出社し、産後2カ月のときに子連れで復帰しました。でも、若い人にそれを要求するわけにはいかないので、弊社では出産・育児休暇や時短制度も取り入れています。世の中的にもこういう制度はどんどん作られているようですが、それを実際に取得できるマインドがついてきてないことが多いようなのが残念です。昔と比べれば改善されているとはいえ、まだやりにくい環境はたくさんあるでしょう。
でも、乗り越えられない環境があるからダメだとあきらめるのではなく、自分でそれを乗り越えるという強い意思を持ってがんばってほしいと思います。そうでないと、男性と同じようにお金を稼いでいくのは極めて困難なのが現実です。一方で、上に立つ方には、自分たちの古い概念を取り払って女性たちを見て欲しいと思います。
<クロージングメッセージ>
「できない」と蓋をしているのは、自分自身である
皆さんにぜひお伝えしたいのは、自分がこれからやりたいことを「無理だ」と感じるとき、その蓋をしているのは自分自身だということです。私自身にも言えることなのですが、「できないだろう」と思って動かないでいることでも、本気で動いてみれば意外に突破できるものです。成功のカギは「固定概念をはずせ」ということ。何かをしようとしたとき、それが社会のためによいと信じるのであれば、例外をつくることを恐れずにやり遂げる力を持った人になってください。
<編集後記>
元々はネイルサロン開設が夢だったというだけあって華やかな印象の石坂さんだが、業界の常識を覆しながら奮闘している姿には、凜々しく力強い輝きが感じられた。どんな逆風にあっても、自らの信じる理想を追い求めて邁進することで道が開けてくるという可能性を示してくれたと思う。

日本での廃棄物処理は、年間排出量約4億5000万トンのうちの約9割を民間事業者が担っている。二代目社長として父から産業廃棄物処理会社を受け継いだ石坂さんは、思い切った社内改革を進める一方で、環境活動にも積極的に取り組んできた。社会に必要不可欠な仕事でありながらその存在を疎まれるという逆風の中で、業界の地位向上に挑む姿から見えてくるリーダー像とはどんなものだろうか。

 

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バッシングを反転させ、「必要とされる」会社を目指す

 

石坂さんが父の創設した石坂産業(埼玉県入間郡)に入社したのは20歳のときだ。単なる手伝いという軽い気持ちは、1999年に起きたダイオキシン騒動を機に大きく変化した。「埼玉県所沢市周辺の農作物に高濃度のダイオキシンが検出された」とテレビ番組で報道されたことがきっかけで、近辺の農家は風評被害による大損失を被り、その怒りの矛先が産廃業者にも向けられたのだ。中でも地域の最大手だった石坂産業が受けたバッシングは激しいものがあった。

 

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苦境に立った父との会話の中で会社設立当時の思いを聞いた石坂さんは、その3年後、自らが社長になってこの会社を建て直すことを決心する。「苦労して貯めたお金で買った一台のダンプカーから始めた父は、解体した廃材を埋め立て現場に運びながら、これからはリサイクルの時代が来ると感じ、この会社を作りました。同時に、自分が体験した苦労を味あわせないためにも、子供に受け継いでもらえるような会社をつくるというのが父の夢だったというのです。それならぜひ私に継がせてほしいと直訴したのです」。

 

怒号も飛び交う男性ばかりの業界。「女には無理」といったんは反対した父だったが、石坂さんの熱意を受け入れ、代表権を持たない「お試し社長」としてチャンスをくれることになった。石坂さんが30歳のときだった。

 

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「住民から裁判まで起こされるという状況で私が考えたのは、生き残っていくためには、地域の人に必要だと感じてもらえるような会社にしなくてはならないということでした」。そこで、地域住民から不満の声が大きかった焼却をやめ、リサイクル専門の方向へとビジネスの舵を切る。同時に、廃棄物処理の際に出る粉じんや騒音で迷惑をかけないよう、すべてを屋根で覆う全天候型の処理設備を建設した。そのための設備投資は約40億円。当時の年商が約23億円であった石坂産業にとっては、無謀ともいえる大きな決断だった。それにもかかわらず、建物の中が見えなくなったことで住民からは逆に怪しむ声が出始めた。世間を震撼させたオウム真理教になぞらえて<石坂サティアン>と呼ばれ、中でやっていることを隠しているに違いないと非難されたのだ。

 

そうした疑念を払拭するために石坂さんが行ったのは、2億円を投じて見学用の通路を作り、誰でも工場の中を見られるようにすることだった。社員からは「産廃業者を見学に来る人などいない」「無駄な投資だ」という反対も多かった。「それでも私は、自分たちがやっていることは間違っていない、ゴミの処理という世の中で誰かがやらなくてはいけない仕事を私たちが代わりにやっているのだということを、実際の目で見て分かって欲しかったのです」。

 

里山再生活動による地域貢献を、会社のブランド価値にする

 

地域の理解を得るために次に取り組んだのは、周辺のゴミ拾い活動だった。当初は冷ややかに見られていたが、5年ほど続けた頃ようやく「お疲れさま」と声を掛けられるなど理解を得られるようになった。一方、ゴミ拾いを続ける中で、これらのゴミの多くは一般の人が捨てたものであるということに気づく。そして、ここに不法投棄が集中するのは、付近の雑木林の存在が原因になっているのではないかと思い至った。

 

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調べてみると、300年以上前にこの地域の田畑を開墾した際に水の確保のために植樹されたこの雑木林が、里山崩壊を起こしているということが分かった。昔は落ち葉を堆肥として農業に利用するなどの里山循環が成り立っていたのだが、化学肥料の発達や農家の減少などによって人の手が入らなくなった結果、荒廃したジャングルと化し、たくさんの不法投棄がなされるようになってしまっていたのだ。

 

 

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そこで、石坂さんはボランティアでこの森の手入れに着手した。借り受けた森はおよそ東京ドーム4個分。「こんなことをして何の利益になるのかと言われました。しかし、地元で手入れできないために荒れてしまった森を明るく開けた森にすることで、周辺事情は大きく変わるはずです。私はこうした地域貢献を私たちの会社の見えないブランドとして使っていこうと考えたのです」

 

 

この里山再生活動には、年間2000~3000万円の経費がかかっている。しかし、里山が整備された結果不法投棄が減少したこともあり、地域の人たちからは喜ばれるようになった。そこで、さらなる里山保全を進めていくための指針として、JHEP(ハビタット評価認証制度)の審査を受けることにした。これは2008年に日本生態系協会が創設した制度で、生物多様性の保全や回復に役立つ取り組みを評価する制度だ。審査の結果、2012年に最高評価であるAAAを獲得。管理を始めてから5年の間に、絶滅危惧種といわれるような草花が11倍に復元するなど、生物多様の森に変わっていることが認められたのだ。

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さらに、翌2013年には、ESD(Education for Sustainable Development、持続発展教育)の認定制度にも挑戦。ESDとは、環境や平和など地球規模の課題解決につながる価値観や行動を生み出すための教育である。持続可能な社会の教育には、座学での勉強だけではなく、本人が自分で体感し、自らの気づきを得ることが重要であるとされる。環境省や文科省もこのESDを教育のツールにすることを推奨しており、そうした場を提供する個人や団体を「活動の機会の場」として認定する制度を始めている。これに注目した石坂さんは、同社で管理する里山や産廃処理業の見学を環境教育の場として活用してもらうことを目指し、この認定を取得したのだ。この認定を受けているのは、日本全国でも現在まだ9箇所しかない。各種の認定制度でお墨付きをもらった効果もあり、今では全国から1万人近い人たちが見学に訪れるようになっている。

 

こうした実績を踏まえ、環境教育の共同研究を行うオープンラボのようなものを建設し、さまざまな価値観の人たちといっしょに経営を考えていくというアイディアも温めているという。「そのオープンラボを通して保全費をいただくこともできるかもしれません。ゴミを出す側の人たちが、単なるゴミ処理のためにお金を払うのではなくて、地域貢献や社会貢献性の高いビジネスに投資するという感覚を持ってくれたらうれしい。そんな風に考えてくれる人をひとりでも増やしていく活動がこれからは不可欠だと思うので、そこに力を入れていきたいです」。

 

石坂さんにとって今後の目標は、ゴミを出す側の人たちの価値観を変えていくことだ。「そのためには、単に廃棄物を処理するというだけでなく、その背景には何があるのかということを消費者の人にも知ってもらうことが、ひとつのチャンスになると考えています」。

 

<質疑応答>

 

【塾生】

業界の常識を覆すような理念を仕事相手に理解してもらうために、どんな工夫をしましたか?

 

【石坂さん】

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圧倒的な地産地消産業である私たちの会社では、お客様は後回しにしでも地域の人に認めてもらうことが大前提です。そこで、搬入に来るお客様にはアイドリングストップやクラクション禁止などいくつもの要望を出しています。社外の方に理念を伝えるには社員にも一緒に発信してもらうことが不可欠ですから、まずは社員に理解してもらうために頭と時間を使いました。挨拶、整理整頓、清掃など社員自身の姿勢を直すことから始めたので最初は猛反発されましたが、それが自分たちのお給料アップや生活の向上につながるのだということを丸5年かけて説得しました。今では社員もよく理解した上で説明してくれるので、お客様からも寒い朝でもアイドリングをストップするなどの協力が得られるようになりました。そこまで至るのは時間がかかりましたが、共有価値を持つということはとても大切なことだと感じています。

 

【塾生】

石原産業方式は、業界のスタンダードになり得ると思いますか?

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【石坂さん】

この業界は小さな会社がほとんどです。本来かかる費用+社員が幸せになれる経費、さらに環境に配慮できる経費を受け取るためには処理単価を上げる必要があるのですが、簡単ではありません。

 

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そこで今私たちがチャレンジしているのは、いろいろな人たちに私たちのやっていることを見てもらって、共感してもらえたら、それをSNSなどで拡散してもらうことです。そうすると、全国の同業者が私たちのやっていることに関心を持ち、見学に来るようになります。みなさんが見に来てまず驚くのは、社員が楽しそうに働いているということ。こうやって若い人たちが明るく楽しく働いているのは、私たちが働く人たちの環境づくりに投資してきたからです。

 

まだまだ零細企業が多く、教育にお金をかけることはできないのが現状であっても、私たちの現場を見てもらうことで、人材教育や設備投資をしないと生き残っていくことはむずかしいのだと分かるでしょう。その結果、良い会社にしていくために廃棄物の処理単価を上げていこうという力強い行動が生まれてくることを期待しています。自分たちの会社だけが注目を浴びればいいというのではなく、それをきっかけとして、全国の同業者に勇気を与えたいのです。

 

【塾生】

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自分に反論してくる人とは、どう向き合うことを心がけていますか?

 

【石坂さん】

父の経営理念を聞かせてほしいと頼んで書いてもらった言葉が「謙虚な心、前向きな姿、そして努力と奉仕」でした。最初は平凡な言葉だなと拍子抜けしたのですが、次第にこの言葉なくして二代目社長は務まらないと感じるようになりました。それ以来、ムカっときたりカーッとしたりしたときには、この言葉を自分に言い聞かせています。反論せずにとにかく人の話を聞く。この人は何を考えているのか、あの人はどういう価値観を持っているのかを聞いて、それを前向きに捉え、どうすればいっしょにやっていけるかを考えるように努力しています。自分のことを優先せずに、まわりのことを考えて行動しようというのが私の最大のポリシーとなったのも、この父の経営理念のおかげです。

 

 

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【塾生】

ご自身もお子さんを持つ母親としての経験を踏まえ、リーダーにとっての子育てと仕事の両立についてどう感じていますか?

 

【石坂さん】

私自身は臨月まで出社し、産後2カ月のときに子連れで復帰しました。でも、若い人にそれを要求するわけにはいかないので、弊社では出産・育児休暇や時短制度も取り入れています。世の中的にもこういう制度はどんどん作られているようですが、それを実際に取得できるマインドがついてきてないことが多いようなのが残念です。昔と比べれば改善されているとはいえ、まだやりにくい環境はたくさんあるでしょう。

 

でも、乗り越えられない環境があるからダメだとあきらめるのではなく、自分でそれを乗り越えるという強い意思を持ってがんばってほしいと思います。そうでないと、男性と同じようにお金を稼いでいくのは極めて困難なのが現実です。一方で、上に立つ方には、自分たちの古い概念を取り払って女性たちを見て欲しいと思います。

 

 

<クロージングメッセージ>

 

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「できない」と蓋をしているのは、自分自身である

 

皆さんにぜひお伝えしたいのは、自分がこれからやりたいことを「無理だ」と感じるとき、その蓋をしているのは自分自身だということです。私自身にも言えることなのですが、「できないだろう」と思って動かないでいることでも、本気で動いてみれば意外に突破できるものです。成功のカギは「固定概念をはずせ」ということ。何かをしようとしたとき、それが社会のためによいと信じるのであれば、例外をつくることを恐れずにやり遂げる力を持った人になってください。

 

 

<編集後記>

 

元々はネイルサロン開設が夢だったというだけあって華やかな印象の石坂さんだが、業界の常識を覆しながら奮闘している姿には、凜々しく力強い輝きが感じられた。どんな逆風にあっても、自らの信じる理想を追い求めて邁進することで道が開けてくるという可能性を示してくれたと思う。

 

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