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福沢文明塾 コア・プログラム講義録

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第15期 コア・プログラム
ベーシック・ナレッジ
「いのちとからだの歴史 美と調和」

講師:稲葉俊郎
(東京大学医学部付属病院循環器内科医)
ライター:永井祐子
セッション開催日:2016年6月23日

 

医療の現場で日々命や体に向き合う中、「人の体は調和的に美しくできている」と感じていると語る稲葉さん。その調和を取り戻すことが心身の健康につながるという視点から、日本の伝統芸能や芸術、茶道、華道などの<道>は、医療としての側面も備えていると捉えている。西洋医学だけでは対処できない領域に挑む、未来の医療の可能性について考える。
人間は、長い生命の歴史の中の「全体的な存在」である
稲葉さんが人間の体や心を診るときに大事にしているのは、<全体性>という概念だ。「人の体も心も、<部分>では説明できないものがあります。人間の意識は浅いところから深いところまでいろいろな層がありますが、今の文明は目に見える社会、つまり表層意識ばかりを見ていて、その下で私たちを支えている無意識、深層意識の世界を感じることはありません。でも、心や体の病気は無意識、深層意識も含めた全体的な働きのひとつのプロセスとして出てくるのです。そこを理解していないと、人間の体の本質に至ることはできません。常に、体も心も全体的な存在であるというところに戻って考える必要があります」。
そうした「全体性」を理解するには、人の心や体ができるまでの歴史を知ることが重要なのだと言う。地球が生まれた約46億年前を元日として現在までを1年の暦に例えると、単細胞生物が誕生した40-35億年前は3月の初頭に当たる。その後25億年かけて多細胞化したのは9月の中旬頃で、海から陸へ移動した4億年前が12月初頭、人間が生まれた20万年前は大晦日の午後11時40分となる。「そのスケールで考えると、人生80年はたったの0.5秒です。私たち人間はそういう長いスパンの歴史の中に存在しているということを、まず知って欲しいと思います」
単細胞から多細胞へ、そして海から陸へと長い時間をかけて進化を遂げる一方で、今もなお原始的な単細胞生物は存在している。つまり、単細胞生物から60兆個もの多細胞生物である人間までが幅広く共存しているこの地球は、生命の多様性と調和の世界なのだ。
自然と共鳴する植物性臓器と、反自然的な動物性臓器
人間が1個の受精卵から細胞分裂を繰り返し60兆の多細胞に成長する過程においては、魚類から両生類、は虫類、ほ乳類という生物発生のプロセスを経て、人間としての体になっていく。細胞分裂を繰り返しながら成長を続ける間に、心臓は心臓の細胞になり、脳は脳の細胞にというように役割分担していく。
こうして出来上がった人間の体は、植物性臓器と動物性臓器の大きくふたつに分けられる。植物性臓器とは、栄養と生殖という命の根源としての機能を担当する、いわゆる内臓と呼ばれるものである。これをサポートするために生まれたのが動物性臓器であり、感覚や運動を担当し、五感で情報をキャッチし、神経系で伝え、脳で判断して運動する。
自然の営みの中で光、雨、風から自ら栄養を作り出せる植物は、風に揺られたり水に流されたりして受精するなど、すべての生命現象は自然と共鳴した形で行われる。それに対して自分で栄養を作れない動物は、エサとして他の動植物を求めて動き回らねばならないため、反自然的な性質を持つ。
人間の体は、ごく簡単に言うと二重の菅構造になっており、内側に植物性臓器(内臓)があり、その表面を動物性臓器が覆っている。生命にとって極めて重要な植物性臓器を守るために、動物性臓器がコーティングをしているとも言える。植物性臓器は植物の原理として自然と同期し共鳴し合っているが、反自然的な性質を持つ動物性臓器に覆われているために、私たちはそれを感じにくくなってしまっているのだ。
頭で受け入れられない問題が表面化してくる
心についてはどうだろうか。<私>はどういう風にできてくるのか。赤ん坊として生まれた人間は、必ず誰かの愛を受けて育ててもらわないと生きていくことができない。それゆえ、最初はすべてのものを受け入れて依存することから始まるが、やがては自分に都合のいいものだけを受け入れるように、いわば心の防波堤のような存在として自我が生まれる。そして「私」という概念が芽生えていく。
生命が存在するには生命の危機を回避する感情を覚える必要があるため、人間は最初に不快という感情を学習する。そこから快を学習すると共に、不快は、怒り、恐れ、嫌悪というように細分化していく。一般に人間は2~5歳の間に環境の中から感情を学習していくが、環境は人によって違うので、自分にとっての怒り、愛、恐れは一人ひとりが異なったものとなる。「それはおとなになっても影響している場合があり、心や体の病気の原因になることがあります。私たちは、頭の中で受け入れられなかったものを心や体の問題として押し込んでしまうのです」。
そういうものを心理学では影というが、その影を自分の中で統合していくには、ふたつの経路があるのだと言う。ひとつは、心の声、体の声として何らかの症状が出てくるケース。もうひとつは、自分の中の嫌な部分を他人に投影し、それが自分にフィードバックされた結果、人間関係のトラブルとして現れるケースだ。「基本的にはこの2つのパターンで、自分の中の何かが成長するための素材が登場してきます。だから、私は医療というのは、基本的に自己教育の場だと思っています。自分の体に起きることを自分で問い直し、自分の体と対話していくこと。あるいは、人間関係に出てきている場合は、そのトラブルは自分の中にある何かの問題を投影しているのではないかと考えることです」。
病と闘う西洋医学と、調和を目指す東洋医学
医療の歴史に興味を持ち調べてきた稲葉さんは、世界遺産にもなっているギリシアのエピダウロスという円形劇場を見たとき、「これは医療施設だ」と直感したと言う。「ここは劇場だけではなく温泉もあります。体の具合が悪くなったときは、まず自然の中に行き、温泉に入る。そこで優れた演劇や音楽に触れることで心の栄養を得て、バランスを取り戻していたのだと思います」。それでもよくならない人は神殿へ行き、そこに寝て見た夢の意味を読み取って人生の指針としていく。「無意識の中に追いやったものが夢という形で常に調和を保って私たちの中に現れてきます。夢は心の中から来る全体性の表現として、私たちの意識の偏りを修正するものというイメージです。今でいう催眠療法の原点が、当時の医療にはすでに取り込まれていたと言われています」。
では東洋医学はどうであったか。東洋医学の特徴のひとつは、体を調和の場とみなすことだ。心や体は本来調和を保っている存在であり、その調和的な全体性が崩れたときに、人間は病気になるのだと考える。「健康とは調和的な状態であると定義することから始めて、そこを行き先として、呼吸法や食事などさまざまな方法を使って不調和を調和に戻して行くというのが、東洋的な伝統医療の考え方です」。
それに対して西洋医学は、たとえば心臓病だとか脳梗塞であるとか、まず病気を定義することから始める。「病気から逃れようとするという発想なので、ある意味目的地がないのです。西洋医学においての医療とは、体の外からやってきた侵略者をやっつけるという<闘いの場>なのであり、<調和の場>であると考える東洋医療とは、根本の発想が大きく異なっています」。
美という調和を目指す日本の伝統芸能から、未来の医療へ
日本の医療は6世紀に中国から仏教と共に伝来したもので、その中国医学の元はインドのアーユルヴェーダやチベット医学などが融合したものだと言われている。「しかし、日本の医療の歴史が単なる外国のまねだったわけではないと私は考えています。日本では、心と体の問題を、病気を治すということではなく、心、体、魂を調和させるものとして捉えていたのだと思います」。
そして、その調和の場と見なされていたものが、美を求める伝統文化であったとのだと稲葉さんは考えている。「美というある種の調和の世界を目指すことによって、人の体も調和に向かっていく。美という目標を掲げることで、私たちの体も調和に向かっていくのです」。人間の頭は心や体の蓋をしてしまうこともあるが、逆に頭の状態次第で心や体の状態を変えることもできる。呼吸法、座禅、瞑想などの身体技法、あるいは茶道や華道、武道で<型>とされている動きなどは、心や体を自由に調整する効果があるというのである。
たとえば、お茶を飲むというのは日常の行為だが、それを宇宙の原理とつなげて<道>という形にまで深めていく。華道も弓道も同様だ。「日本人が心と体の調和を追求してきたものが、まさに日本の芸能や、いわゆる道とよばれる世界に全部あると私は考えています。そこには、自然の摂理で多様性と調和が保たれているのです」。
世阿弥は『風姿花伝』の中で、「そもそも芸能とは諸人の心を和らげて、上下の感をなさん事。寿福増長の基、遐齢延年の法なるべし。極め極めては、諸道悉く、寿福延長ならんとなり。」として、芸能とは人の心を調和的にして寿命を長くするためのものであり、どんな道もそのためにやっているのだと述べている。「これは医療に変えても通じると思っています。世阿弥を始め当時の芸能者たちは、医療を包括したようなものとして芸術や道という世界を作ってきたのではないでしょうか。それを受け継いでいる私たちはそれを忘れて、何か高尚な違う世界のように感じてしまいがちですが、本来、日本の芸能や<道>は、人間が成長する場であり、人の心や体の調和を保つための道だったのだと感じています。それが医療と再び統合されていけば、世界に誇る医療になっていくのだと信じています」。
<質疑応答>
植物性臓器にチューニングを合わせる
【塾生】
自分に負荷を掛けてやる気を出そうとした結果、自分に抑制が効かなくなり、調和を越えてしまいます。成長したい自分と自然との調和をどう両立すればいいのでしょうか?
【稲葉さん】
コントロールしたいというのは動物性臓器の特徴であり、動物的感覚を使いすぎている副作用のようなものでしょう。そういうときは、自分の体の中にある植物性臓器の声を聞くことがひとつのきっかけになると思います。脳は短期的に解決したがりますが、植物性臓器は人間の一生全体を考えて1個1個が行動しているので、そちらにチューニングを合わせてみるのです。<道>や芸の世界には、必ずゆっくりした動きがありますが、これはまさに自分を支えている植物性臓器の声を聞くという知恵なのではないでしょうか。
対話を通して、病気になった意味を考える
【塾生】
東洋医学のアプローチは、西洋医学に比べて時間がかかる傾向があるように思います。医療という緊急性や時間の制約がある中で、稲葉さんは時間の概念をどう捉えていますか?
【稲葉さん】
私の専門は心臓のカテーテル治療なので、数分で命に関わるという極めて急性期の高い状態では、命を助けることに集中します。ただ、基本的にそれはその人の人生のプロセスの中で起きることなので、病棟や外来では、その病気にはどんな意味があったのかということを、時間をかけて対話するようにしています。
死にゆく人から何を受け取り、次へどう伝えるか
【塾生】
医師として患者さんと向き合う中で、死というものをどう捉えていますか?
【稲葉さん】
木の幹の中心は死んだ植物性細胞があって水分を通すための通路として使われていて、その表面に生きた植物細胞がどんどんと作られていきます。そういう形で死んだ細胞が生きた細胞を支えていくのです。人類も同様に、死んだ人たちが生み出した知恵や技術や文化に支えられて存続しています。そういう意味で、私たちは死んで行く人から何を受け取り、それを次の人にどう伝えていくのか。そんなことを常に考えながら、亡くなる方をお看取りしています。
<クロージングメッセージ>
命のバトンを受け継ぐ役割に思いをはせる
命の歴史は、40億年1度も途絶えることなくずっとつながっており、その最先端に私たちはいます。そこまでのすべての願いをバトンのように受け継ぐ存在である私たちには、とても大きな使命や役割があります。皆さんが生まれてから死ぬまでずっと肌身離さず持っている体を介して、そういうことも感じてもらえると嬉しいと思います。
<編集後記>
地球誕生からの生命の歴史、人間の体の仕組み、医療の本質、そして芸術の世界まで、多岐に渡る切り口が怒濤のようにあふれ出てくる濃密な2時間だった。医療と美というおよそ接点のなさそうな両者の関係は斬新で、未来に向けた新しい可能性を感じさせてくれるお話だった。

医療の現場で日々命や体に向き合う中、「人の体は調和的に美しくできている」と感じていると語る稲葉さん。その調和を取り戻すことが心身の健康につながるという視点から、日本の伝統芸能や芸術、茶道、華道などの<道>は、医療としての側面も備えていると捉えている。西洋医学だけでは対処できない領域に挑む、未来の医療の可能性について考える。

 

 

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人間は、長い生命の歴史の中の「全体的な存在」である


 

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稲葉さんが人間の体や心を診るときに大事にしているのは、<全体性>という概念だ。「人の体も心も、<部分>では説明できないものがあります。人間の意識は浅いところから深いところまでいろいろな層がありますが、今の文明は目に見える社会、つまり表層意識ばかりを見ていて、その下で私たちを支えている無意識、深層意識の世界を感じることはありません。でも、心や体の病気は無意識、深層意識も含めた全体的な働きのひとつのプロセスとして出てくるのです。そこを理解していないと、人間の体の本質に至ることはできません。常に、体も心も全体的な存在であるというところに戻って考える必要があります」。

 

 

そうした「全体性」を理解するには、人の心や体ができるまでの歴史を知ることが重要なのだと言う。地球が生まれた約46億年前を元日として現在までを1年の暦に例えると、単細胞生物が誕生した40-35億年前は3月の初頭に当たる。その後25億年かけて多細胞化したのは9月の中旬頃で、海から陸へ移動した4億年前が12月初頭、人間が生まれた20万年前は大晦日の午後11時40分となる。「そのスケールで考えると、人生80年はたったの0.5秒です。私たち人間はそういう長いスパンの歴史の中に存在しているということを、まず知って欲しいと思います」

 

単細胞から多細胞へ、そして海から陸へと長い時間をかけて進化を遂げる一方で、今もなお原始的な単細胞生物は存在している。つまり、単細胞生物から60兆個もの多細胞生物である人間までが幅広く共存しているこの地球は、生命の多様性と調和の世界なのだ。

 

 

自然と共鳴する植物性臓器と、反自然的な動物性臓器


人間が1個の受精卵から細胞分裂を繰り返し60兆の多細胞に成長する過程においては、魚類から両生類、は虫類、ほ乳類という生物発生のプロセスを経て、人間としての体になっていく。細胞分裂を繰り返しながら成長を続ける間に、心臓は心臓の細胞になり、脳は脳の細胞にというように役割分担していく。

こうして出来上がった人間の体は、植物性臓器と動物性臓器の大きくふたつに分けられる。植物性臓器とは、栄養と生殖という命の根源としての機能を担当する、いわゆる内臓と呼ばれるものである。これをサポートするために生まれたのが動物性臓器であり、感覚や運動を担当し、五感で情報をキャッチし、神経系で伝え、脳で判断して運動する。

 

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自然の営みの中で光、雨、風から自ら栄養を作り出せる植物は、風に揺られたり水に流されたりして受精するなど、すべての生命現象は自然と共鳴した形で行われる。それに対して自分で栄養を作れない動物は、エサとして他の動植物を求めて動き回らねばならないため、反自然的な性質を持つ。

人間の体は、ごく簡単に言うと二重の菅構造になっており、内側に植物性臓器(内臓)があり、その表面を動物性臓器が覆っている。生命にとって極めて重要な植物性臓器を守るために、動物性臓器がコーティングをしているとも言える。植物性臓器は植物の原理として自然と同期し共鳴し合っているが、反自然的な性質を持つ動物性臓器に覆われているために、私たちはそれを感じにくくなってしまっているのだ。

 

 

頭で受け入れられない問題が表面化してくる


 

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心についてはどうだろうか。<私>はどういう風にできてくるのか。赤ん坊として生まれた人間は、必ず誰かの愛を受けて育ててもらわないと生きていくことができない。それゆえ、最初はすべてのものを受け入れて依存することから始まるが、やがては自分に都合のいいものだけを受け入れるように、いわば心の防波堤のような存在として自我が生まれる。そして「私」という概念が芽生えていく。

 

生命が存在するには生命の危機を回避する感情を覚える必要があるため、人間は最初に不快という感情を学習する。そこから快を学習すると共に、不快は、怒り、恐れ、嫌悪というように細分化していく。一般に人間は2~5歳の間に環境の中から感情を学習していくが、環境は人によって違うので、自分にとっての怒り、愛、恐れは一人ひとりが異なったものとなる。「それはおとなになっても影響している場合があり、心や体の病気の原因になることがあります。私たちは、頭の中で受け入れられなかったものを心や体の問題として押し込んでしまうのです」。

そういうものを心理学では影というが、その影を自分の中で統合していくには、ふたつの経路があるのだと言う。ひとつは、心の声、体の声として何らかの症状が出てくるケース。もうひとつは、自分の中の嫌な部分を他人に投影し、それが自分にフィードバックされた結果、人間関係のトラブルとして現れるケースだ。「基本的にはこの2つのパターンで、自分の中の何かが成長するための素材が登場してきます。だから、私は医療というのは、基本的に自己教育の場だと思っています。自分の体に起きることを自分で問い直し、自分の体と対話していくこと。あるいは、人間関係に出てきている場合は、そのトラブルは自分の中にある何かの問題を投影しているのではないかと考えることです」。

 

 

病と闘う西洋医学と、調和を目指す東洋医学


 

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医療の歴史に興味を持ち調べてきた稲葉さんは、世界遺産にもなっているギリシアのエピダウロスという円形劇場を見たとき、「これは医療施設だ」と直感したと言う。「ここは劇場だけではなく温泉もあります。体の具合が悪くなったときは、まず自然の中に行き、温泉に入る。そこで優れた演劇や音楽に触れることで心の栄養を得て、バランスを取り戻していたのだと思います」。それでもよくならない人は神殿へ行き、そこに寝て見た夢の意味を読み取って人生の指針としていく。「無意識の中に追いやったものが夢という形で常に調和を保って私たちの中に現れてきます。夢は心の中から来る全体性の表現として、私たちの意識の偏りを修正するものというイメージです。今でいう催眠療法の原点が、当時の医療にはすでに取り込まれていたと言われています」。

 

では東洋医学はどうであったか。東洋医学の特徴のひとつは、体を調和の場とみなすことだ。心や体は本来調和を保っている存在であり、その調和的な全体性が崩れたときに、人間は病気になるのだと考える。「健康とは調和的な状態であると定義することから始めて、そこを行き先として、呼吸法や食事などさまざまな方法を使って不調和を調和に戻して行くというのが、東洋的な伝統医療の考え方です」。

それに対して西洋医学は、たとえば心臓病だとか脳梗塞であるとか、まず病気を定義することから始める。「病気から逃れようとするという発想なので、ある意味目的地がないのです。西洋医学においての医療とは、体の外からやってきた侵略者をやっつけるという<闘いの場>なのであり、<調和の場>であると考える東洋医療とは、根本の発想が大きく異なっています」。

 

 

美という調和を目指す日本の伝統芸能から、未来の医療へ


 

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日本の医療は6世紀に中国から仏教と共に伝来したもので、その中国医学の元はインドのアーユルヴェーダやチベット医学などが融合したものだと言われている。「しかし、日本の医療の歴史が単なる外国のまねだったわけではないと私は考えています。日本では、心と体の問題を、病気を治すということではなく、心、体、魂を調和させるものとして捉えていたのだと思います」。

 

そして、その調和の場と見なされていたものが、美を求める伝統文化であったとのだと稲葉さんは考えている。「美というある種の調和の世界を目指すことによって、人の体も調和に向かっていく。美という目標を掲げることで、私たちの体も調和に向かっていくのです」。人間の頭は心や体の蓋をしてしまうこともあるが、逆に頭の状態次第で心や体の状態を変えることもできる。呼吸法、座禅、瞑想などの身体技法、あるいは茶道や華道、武道で<型>とされている動きなどは、心や体を自由に調整する効果があるというのである。

たとえば、お茶を飲むというのは日常の行為だが、それを宇宙の原理とつなげて<道>という形にまで深めていく。華道も弓道も同様だ。「日本人が心と体の調和を追求してきたものが、まさに日本の芸能や、いわゆる道とよばれる世界に全部あると私は考えています。そこには、自然の摂理で多様性と調和が保たれているのです」。

世阿弥は『風姿花伝』の中で、「そもそも芸能とは諸人の心を和らげて、上下の感をなさん事。寿福増長の基、遐齢延年の法なるべし。極め極めては、諸道悉く、寿福延長ならんとなり。」として、芸能とは人の心を調和的にして寿命を長くするためのものであり、どんな道もそのためにやっているのだと述べている。「これは医療に変えても通じると思っています。世阿弥を始め当時の芸能者たちは、医療を包括したようなものとして芸術や道という世界を作ってきたのではないでしょうか。それを受け継いでいる私たちはそれを忘れて、何か高尚な違う世界のように感じてしまいがちですが、本来、日本の芸能や<道>は、人間が成長する場であり、人の心や体の調和を保つための道だったのだと感じています。それが医療と再び統合されていけば、世界に誇る医療になっていくのだと信じています」。

 

 

<質疑応答>

植物性臓器にチューニングを合わせる

 

【塾生】

自分に負荷を掛けてやる気を出そうとした結果、自分に抑制が効かなくなり、調和を越えてしまいます。成長したい自分と自然との調和をどう両立すればいいのでしょうか?

 

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【稲葉さん】

コントロールしたいというのは動物性臓器の特徴であり、動物的感覚を使いすぎている副作用のようなものでしょう。そういうときは、自分の体の中にある植物性臓器の声を聞くことがひとつのきっかけになると思います。脳は短期的に解決したがりますが、植物性臓器は人間の一生全体を考えて1個1個が行動しているので、そちらにチューニングを合わせてみるのです。<道>や芸の世界には、必ずゆっくりした動きがありますが、これはまさに自分を支えている植物性臓器の声を聞くという知恵なのではないでしょうか。

 

対話を通して、病気になった意味を考える


【塾生】

東洋医学のアプローチは、西洋医学に比べて時間がかかる傾向があるように思います。医療という緊急性や時間の制約がある中で、稲葉さんは時間の概念をどう捉えていますか?

 

【稲葉さん】

私の専門は心臓のカテーテル治療なので、数分で命に関わるという極めて急性期の高い状態では、命を助けることに集中します。ただ、基本的にそれはその人の人生のプロセスの中で起きることなので、病棟や外来では、その病気にはどんな意味があったのかということを、時間をかけて対話するようにしています。

死にゆく人から何を受け取り、次へどう伝えるか

 

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【塾生】

 

医師として患者さんと向き合う中で、死というものをどう捉えていますか?

 

【稲葉さん】

木の幹の中心は死んだ植物性細胞があって水分を通すための通路として使われていて、その表面に生きた植物細胞がどんどんと作られていきます。そういう形で死んだ細胞が生きた細胞を支えていくのです。人類も同様に、死んだ人たちが生み出した知恵や技術や文化に支えられて存続しています。そういう意味で、私たちは死んで行く人から何を受け取り、それを次の人にどう伝えていくのか。そんなことを常に考えながら、亡くなる方をお看取りしています。

 

<クロージングメッセージ>

命のバトンを受け継ぐ役割に思いをはせる

 

命の歴史は、40億年1度も途絶えることなくずっとつながっており、その最先端に私たちはいます。そこまでのすべての願いをバトンのように受け継ぐ存在である私たちには、とても大きな使命や役割があります。皆さんが生まれてから死ぬまでずっと肌身離さず持っている体を介して、そういうことも感じてもらえると嬉しいと思います。

 

<編集後記>

地球誕生からの生命の歴史、人間の体の仕組み、医療の本質、そして芸術の世界まで、多岐に渡る切り口が怒濤のようにあふれ出てくる濃密な2時間だった。医療と美というおよそ接点のなさそうな両者の関係は斬新で、未来に向けた新しい可能性を感じさせてくれるお話だった。

 

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