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福沢文明塾 コア・プログラム講義録

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第15期 コア・プログラム
ベーシック・リーディング
「福沢のミドルクラス論と門下生」

講師:石井寿美世
(大東文化大学経済学部講師)
ライター:永井祐子
セッション開催日:2016年6月18日

 

福澤の文献からその思想に迫る「ベーシック・リーディング」。この日のセッションは、日本経済思想史を専門とする石井さんを講師に迎え、『文明論之概略』を題材として、新しい時代の経済の担い手として福澤が期待した「ミッズルカラッス」(ミドルクラス)を取り上げる。それはどんな存在であり、福澤はそこに何を託したのだろうか。
権力の偏重が固定化したことによる問題点
福澤が『文明論之概略』を著した明治初期の日本は、地方経済や物流の発達に伴いひとつの国としての自覚が芽生えつつあるところに、西洋列強のアジア進出という潮流が押し寄せ、国益の概念が必要とされ始めた時代だ。そこでの福澤の究極の目的は、文明を手段として国の独立を守るということであった。
当時、すでに近代化を成し遂げて経済的にも軍事的にも強大になった西洋と、約100年遅れてようやく近代化に目覚めた日本との間には、圧倒的な経済格差があった。それに対して福澤は、技術の遅れそのものよりも、人心の内部の状態に問題があると考えていた。
それは、江戸時代の士農工商という身分制度の名残で治者と被治者とが分断しており、なおかつその分断が固定化されているという点であった。権力が偏重していること自体も問題だが、その結果として人々の価値観にまで影響を与えていることを福澤は危惧していた。
「治者と被治者との区別を生じ、治者は上なり主なり……、被治者は下なり客なり……」「其至る所は此二元素に帰し、一も独立して自家の本分を保つものなし」(※『文明論之概略』9章より。以下同)。つまり、単なる職業的区分が人間としての上下関係をも既定してしまい、下にいる被治者は上の治者に対してものを言えない。そのため、被治者は何も考えないという状態が習慣化し、敢為の精神が欠如していることを問題視していたのである。
本来は、議論を通じてみんなで社会を変えるのだという気概を持ち、共に国を作っていくための行動を起こすべきである。そんな福澤の理想を、この問題意識から垣間見ることができるだろう。
こうした権力の偏重は、経済の循環にも影響を及ぼしていると福澤は考えていた。財は蓄積することも適切に使うことも重要なのであり、収入を多くしながらそれを循環させていくことが富国強兵につながる。しかし、「今日の有様にて全国の貧なるは何ぞや。必竟財の乏しきに非ず、其財を理するの智力に乏しきなり。其智力の乏しきに非ず、其智力を両断して上下各其一部分を保つが故なり」とし、蓄積する人と使う人が別々であり分断されているために、蓄積と費散のバランスが崩れ、経済の停滞を招いていると指摘している。そして、そのバランスを取るための智力と習慣を身に付けて、適切に財の蓄積、活用ができる存在として期待をかけたのが、「ミッズルカラッス」と呼ばれるミドルクラスであった。
経済の担い手としてのミドルクラスを育成する
西洋を模範として福澤が考えたミドルクラスとは、知識を持って新しい発明や技術を開発し、富を獲得し、経済的な独立性を持ち、品行を備え、自分の業界全体の利益を考えて政治権力に発言できる人であった。そして、そういう人材こそが社会変動や新しい社会形成の原動力になれるのだと考えた。
しかし、当時の日本にはそのような人材は存在しない。『学問のすすめ』の5章に「今我国に於て彼の『ミッズルカラッス』の地位に居り、文明を首唱して国の独立を維持す可き者は唯一種の学者のみ」とあるように、それに近いものとして福澤は「学者」を想定していた。学者とは今でいう意味とは少し異なり、学問をする人という意味である。学者というものに福澤は、新しいことをする勇気を持ち、それを実践できることも期待していた。そして、そのような人材を育成するべく慶應義塾を創設したのである。
慶應義塾において福澤は、門下生に対して実学を学び即身実業の人となることを求めた。財産の少ない者は雇われ経営者や社員となり、財産のある者は自分で起業するなり実家の家業を継ぐなど、それぞれの状況に応じたやり方で経済活動に参加していくことを推奨していた。
やがて福澤は、学者でなおかつ財力のある存在として、地方の富豪に注目するようになる。大地主など地方の富豪は、近世以来富を蓄積しているのにもかかわらず、それを活用できていない。しかし、代々その土地で地主として果たすべき社会的役割について理解をしている。つまり、大地主という職分に基づき地域のために役に立たなくてはいけないということが習慣づいている存在でもある。元々はあまり学問には関心を持たなかった彼らが、だんだんと関心を持ち始めていることに気がつき、ここに期待をかけたのだ。
そこで、福澤は地方の富豪の子弟に対し、学問を修めた後は故郷に戻って事業を興すなり家業を継ぐなりして、経済の担い手となることを勧めた。地方富豪としての職分が血肉化している彼らが、勉強をして学者としての要素も得ることで、蓄積と費散のバランスが取れた経済の担い手になってくれることを、福澤は願っていたのである。
そして、彼らの持っている豊かな財を、しかるべきものに投資してくれることをも期待していた。近世から自分たちの社会的役割を考えていた存在である彼ら自身も、従来のように単に米穀収入を得るだけではなく、地域に新しい事業を興すことが新しい時代における地主のあり方ではないかと考え始めていた。したがって、福澤のこの提言は地方地主の実態に即した現実的なものだと言われている。
福澤の願い通り、実際に地方で事業を興した門下生の事例はたくさんある。たとえば、遠江国(現在の静岡県)の伊東要蔵という人は、慶應義塾を卒業後教員として勤めた後、地元に帰り家業を継ぎ、農学校や銀行、鉄道などの設立に尽力した。彼の実家は大富豪であり、危険を冒して新事業に着手する必要性はなかったにもかかわらず、それを実行した。彼の遺した言葉によると、学問を身に着けるだけではなく、社会を発達させるために何かをしなくてはという考えを持っていたようだ。福澤が最大の目的は国家の独立であると考えたように、自分が属している社会に対していかに貢献できるかというのは、この当時の人々の最大の命題になっていたように思われる。福澤の言うミッズルカラッスまではなれなくても、伊東のように地方の経済インフラを整備した人は日本全国に数多く存在しており、そうした人物が日本の経済成長を支えたとも言えるだろう。
近世の概念に西洋の思想を取りいれて、近代社会をつくる
福澤は、一身独立から始まり、国家の独立を最大の目標にするというように、ひとりの人間とそれを取り囲む社会は一体性を持っていると考えていた。この考え方は、西洋よりはむしろ儒学のロジックに近い。西洋では元来ひとりの存在である人間同士がいかに結びつくかという議論がなされるが、福澤はその点は議論の対象にはしていない。人間がいるところに人間関係が生まれ社会が形成されることは、議論するまでもない大前提だと捉えていたからである。その上で、その社会をどう作っていくかを模索したのだ。
福澤は明治啓蒙の思想家と位置付けられており、儒学を徹底的に批判してはいたが、彼自身は30代の半ばまで江戸時代を過ごした人間である。福澤自身も「恰も一身にして二生を経るが如く一人にして両身あるが如し」と振り返っている。福澤の書いた書物を読む当時の読者もまた同様に江戸時代に生まれ育った人たちである。そのため、西洋の思想を理解するのに際して、表向きには出てこなくても実は儒学のロジックが用いられていたのだと考えられる。
西洋では人は生まれてから死ぬまでひとりだという考え方に基づき、個人の効用を最大化することを経済の目的と考える傾向がある。福澤は、そんな西洋から入ってきた学問を、個人のためではなく、社会のために使うツールとして読み替え、国の独立を目的とした。社会のため、国のために何かをしなくてはいけないという発想は、まさに儒学の考え方である。つまり、江戸時代の基盤を持った近世の人間が、西洋の書物を読んだときに、ある種の誤解をして、それを国の発展のために利用し、近代社会をつくったというのは、非常に興味深いことだと思われる。
<質疑応答>
現代のミドルクラスがなすべきことは?
【塾生】
現代のミドルクラスに対しては何を求めるべきだと考えますか?
【石井さん】
福澤は、どんどん良くなっていくはずだという発展史観的な前提で考えていました。良くなっていくという状況をつくるためには、新しいものに食いついていくように考えがちですが、元からあるものをうまく利用しながら新しいものと折衷させていく方法もあると思います。多くの人にとって欲しい物がなくなってしまった現代は、もはや経済成長しないのだと考える人もいます。しかし、新しい物を作らなくても、今ある物の質を変えていくという発想もあっていいと思います。
【塾生】
経済が政府や行政にどう関わっていくべきなのかという点について、何か知見をお持ちですか?
【石井さん】
最近の情勢を見ていると、政治が経済にできることは限界が来ているようにも感じますね。私自身も良い考えは思いつかないのですが、どなたか提言がありますか?
【塾生】
気風も重要だと考えます。福澤の時代は、欧米の植民地にならないというものすごく強烈な危機意識や目的が共有されていたために、そこに向かって意識を高めていく風潮があったと思います。現代は、そういう共通の大きな目的がない状況で、一般大衆が考えていることと、政治に関わる人との意識が乖離しているという問題があるのではないでしょうか。その乖離が大きいために、自分の思いは反映されないとあきらめてしまって選挙にも行かないという状態になってしまっています。そういう人たちをどう巻き込んでいくかを考え、議論する気風を盛り上げていくことが必要なのかなと思います。これだけ情報が増えて問題が山積するなかで、一部の人たちがすべての問題を取り上げて調整するのは不可能です。国民が広く責任を持っていろいろ勉強をしたり、目の前のことだけではなく全体に目を向けたりするようになっていかないといけないと思います。みんなに責任があるということを分かるようにしていかないと、日本の民主主義は先行きが危ういのではないでしょうか。
【石井さん】
福澤の場合も、国民全体の知識レベルのボトムアップということは考えていたようです。でも、当時一番重要視していたのはリーダーシップを取れる人であり、その人が他の人を引っ張って、さらにその人が下の人を引っ張っていくというような段階を追って考えていたのだと思います。当時も今も、自分の義務はここまでという線引きはあると思いますが、それが役割分担としてうまく行っているときはよいけれど、治者と被治者として分断されて意思の疎通がなくなってしまうと、歪んだ社会状況になっていくのではないでしょうか。
<クロージングメッセージ>
今ある知識を利用しつつ、新しいものを摂取する姿勢
福澤は西洋を模範とした理想の社会を目指し、それを進める人材を育成するために慶應義塾をつくりました。考えるだけではなく、それを行動に移すことを非常に重視し、自分自身も書物を書くだけでなく企業家としても活動していて、門下生に対しても実践を求めました。どんな理想の社会を構想するかということ、それに合わせた人材を作っていくということは、福澤の生きた明治の時代に限らず、今も重要なことだと思います。
福澤から学ぶべきは、昔からある知識や自分が持っている知識を最大限に利用しながら、新しいものを摂取して別のものを生み出すということだと感じています。昔からあるもの、古いものを必ずしも切り捨てることなく、新しいものを取り入れていくという姿勢は大事なのではないでしょうか。
<編集後記>
権力の偏重が固定化し、国を挙げて社会を変えていこうという気運に欠けるという指摘は、平成の現代にも通じることのようにも思われる。戦後、一億総中流時代からバブル崩壊やリーマンショックを経て格差社会が問題視される今こそ、福澤の言う「ミッズルカラッス」が必要とされているのかもしれない。
福澤の文献からその思想に迫る「ベーシック・リーディング」。この日のセッションは、日本経済思想史を専門とする石井さんを講師に迎え、『文明論之概略』を題材として、新しい時代の経済の担い手として福澤が期待した「ミッズルカラッス」(ミドルクラス)を取り上げる。それはどんな存在であり、福澤はそこに何を託したのだろうか。

 

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権力の偏重が固定化したことによる問題点

 

福澤が『文明論之概略』を著した明治初期の日本は、地方経済や物流の発達に伴いひとつの国としての自覚が芽生えつつあるところに、西洋列強のアジア進出という潮流が押し寄せ、国益の概念が必要とされ始めた時代だ。そこでの福澤の究極の目的は、文明を手段として国の独立を守るということであった。

 

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当時、すでに近代化を成し遂げて経済的にも軍事的にも強大になった西洋と、約100年遅れてようやく近代化に目覚めた日本との間には、圧倒的な経済格差があった。それに対して福澤は、技術の遅れそのものよりも、人心の内部の状態に問題があると考えていた。

 

それは、江戸時代の士農工商という身分制度の名残で治者と被治者とが分断しており、なおかつその分断が固定化されているという点であった。権力が偏重していること自体も問題だが、その結果として人々の価値観にまで影響を与えていることを福澤は危惧していた。

 

「治者と被治者との区別を生じ、治者は上なり主なり……、被治者は下なり客なり……」「其至る所は此二元素に帰し、一も独立して自家の本分を保つものなし」(※『文明論之概略』9章より。以下同)。つまり、単なる職業的区分が人間としての上下関係をも既定してしまい、下にいる被治者は上の治者に対してものを言えない。そのため、被治者は何も考えないという状態が習慣化し、敢為の精神が欠如していることを問題視していたのである。

 

本来は、議論を通じてみんなで社会を変えるのだという気概を持ち、共に国を作っていくための行動を起こすべきである。そんな福澤の理想を、この問題意識から垣間見ることができるだろう。
こうした権力の偏重は、経済の循環にも影響を及ぼしていると福澤は考えていた。財は蓄積することも適切に使うことも重要なのであり、収入を多くしながらそれを循環させていくことが富国強兵につながる。しかし、「今日の有様にて全国の貧なるは何ぞや。必竟財の乏しきに非ず、其財を理するの智力に乏しきなり。其智力の乏しきに非ず、其智力を両断して上下各其一部分を保つが故なり」とし、蓄積する人と使う人が別々であり分断されているために、蓄積と費散のバランスが崩れ、経済の停滞を招いていると指摘している。そして、そのバランスを取るための智力と習慣を身に付けて、適切に財の蓄積、活用ができる存在として期待をかけたのが、「ミッズルカラッス」と呼ばれるミドルクラスであった。

 

経済の担い手としてのミドルクラスを育成する

 

西洋を模範として福澤が考えたミドルクラスとは、知識を持って新しい発明や技術を開発し、富を獲得し、経済的な独立性を持ち、品行を備え、自分の業界全体の利益を考えて政治権力に発言できる人であった。そして、そういう人材こそが社会変動や新しい社会形成の原動力になれるのだと考えた。
しかし、当時の日本にはそのような人材は存在しない。『学問のすすめ』の5章に「今我国に於て彼の『ミッズルカラッス』の地位に居り、文明を首唱して国の独立を維持す可き者は唯一種の学者のみ」とあるように、それに近いものとして福澤は「学者」を想定していた。学者とは今でいう意味とは少し異なり、学問をする人という意味である。学者というものに福澤は、新しいことをする勇気を持ち、それを実践できることも期待していた。そして、そのような人材を育成するべく慶應義塾を創設したのである。

 


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慶應義塾において福澤は、門下生に対して実学を学び即身実業の人となることを求めた。財産の少ない者は雇われ経営者や社員となり、財産のある者は自分で起業するなり実家の家業を継ぐなど、それぞれの状況に応じたやり方で経済活動に参加していくことを推奨していた。

やがて福澤は、学者でなおかつ財力のある存在として、地方の富豪に注目するようになる。大地主など地方の富豪は、近世以来富を蓄積しているのにもかかわらず、それを活用できていない。しかし、代々その土地で地主として果たすべき社会的役割について理解をしている。つまり、大地主という職分に基づき地域のために役に立たなくてはいけないということが習慣づいている存在でもある。元々はあまり学問には関心を持たなかった彼らが、だんだんと関心を持ち始めていることに気がつき、ここに期待をかけたのだ。

 

そこで、福澤は地方の富豪の子弟に対し、学問を修めた後は故郷に戻って事業を興すなり家業を継ぐなりして、経済の担い手となることを勧めた。地方富豪としての職分が血肉化している彼らが、勉強をして学者としての要素も得ることで、蓄積と費散のバランスが取れた経済の担い手になってくれることを、福澤は願っていたのである。

そして、彼らの持っている豊かな財を、しかるべきものに投資してくれることをも期待していた。近世から自分たちの社会的役割を考えていた存在である彼ら自身も、従来のように単に米穀収入を得るだけではなく、地域に新しい事業を興すことが新しい時代における地主のあり方ではないかと考え始めていた。したがって、福澤のこの提言は地方地主の実態に即した現実的なものだと言われている。

 

福澤の願い通り、実際に地方で事業を興した門下生の事例はたくさんある。たとえば、遠江国(現在の静岡県)の伊東要蔵という人は、慶應義塾を卒業後教員として勤めた後、地元に帰り家業を継ぎ、農学校や銀行、鉄道などの設立に尽力した。彼の実家は大富豪であり、危険を冒して新事業に着手する必要性はなかったにもかかわらず、それを実行した。彼の遺した言葉によると、学問を身に着けるだけではなく、社会を発達させるために何かをしなくてはという考えを持っていたようだ。福澤が最大の目的は国家の独立であると考えたように、自分が属している社会に対していかに貢献できるかというのは、この当時の人々の最大の命題になっていたように思われる。福澤の言うミッズルカラッスまではなれなくても、伊東のように地方の経済インフラを整備した人は日本全国に数多く存在しており、そうした人物が日本の経済成長を支えたとも言えるだろう。

 

近世の概念に西洋の思想を取りいれて、近代社会をつくる

 

 

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福澤は、一身独立から始まり、国家の独立を最大の目標にするというように、ひとりの人間とそれを取り囲む社会は一体性を持っていると考えていた。この考え方は、西洋よりはむしろ儒学のロジックに近い。西洋では元来ひとりの存在である人間同士がいかに結びつくかという議論がなされるが、福澤はその点は議論の対象にはしていない。人間がいるところに人間関係が生まれ社会が形成されることは、議論するまでもない大前提だと捉えていたからである。その上で、その社会をどう作っていくかを模索したのだ。

 

福澤は明治啓蒙の思想家と位置付けられており、儒学を徹底的に批判してはいたが、彼自身は30代の半ばまで江戸時代を過ごした人間である。福澤自身も「恰も一身にして二生を経るが如く一人にして両身あるが如し」と振り返っている。福澤の書いた書物を読む当時の読者もまた同様に江戸時代に生まれ育った人たちである。そのため、西洋の思想を理解するのに際して、表向きには出てこなくても実は儒学のロジックが用いられていたのだと考えられる。

 

西洋では人は生まれてから死ぬまでひとりだという考え方に基づき、個人の効用を最大化することを経済の目的と考える傾向がある。福澤は、そんな西洋から入ってきた学問を、個人のためではなく、社会のために使うツールとして読み替え、国の独立を目的とした。社会のため、国のために何かをしなくてはいけないという発想は、まさに儒学の考え方である。つまり、江戸時代の基盤を持った近世の人間が、西洋の書物を読んだときに、ある種の誤解をして、それを国の発展のために利用し、近代社会をつくったというのは、非常に興味深いことだと思われる。

 

<質疑応答>

 現代のミドルクラスがなすべきことは?

 

 

石井06.JPG【塾生】
現代のミドルクラスに対しては何を求めるべきだと考えますか?

 

【石井さん】
福澤は、どんどん良くなっていくはずだという発展史観的な前提で考えていました。良くなっていくという状況をつくるためには、新しいものに食いついていくように考えがちですが、元からあるものをうまく利用しながら新しいものと折衷させていく方法もあると思います。多くの人にとって欲しい物がなくなってしまった現代は、もはや経済成長しないのだと考える人もいます。しかし、新しい物を作らなくても、今ある物の質を変えていくという発想もあっていいと思います。

 

塾生】
経済が政府や行政にどう関わっていくべきなのかという点について、何か知見をお持ちですか?

 

【石井さん】
最近の情勢を見ていると、政治が経済にできることは限界が来ているようにも感じますね。私自身も良い考えは思いつかないのですが、どなたか提言がありますか?

石井07.JPG【塾生】
気風も重要だと考えます。福澤の時代は、欧米の植民地にならないというものすごく強烈な危機意識や目的が共有されていたために、そこに向かって意識を高めていく風潮があったと思います。現代は、そういう共通の大きな目的がない状況で、一般大衆が考えていることと、政治に関わる人との意識が乖離しているという問題があるのではないでしょうか。その乖離が大きいために、自分の思いは反映されないとあきらめてしまって選挙にも行かないという状態になってしまっています。そういう人たちをどう巻き込んでいくかを考え、議論する気風を盛り上げていくことが必要なのかなと思います。これだけ情報が増えて問題が山積するなかで、一部の人たちがすべての問題を取り上げて調整するのは不可能です。国民が広く責任を持っていろいろ勉強をしたり、目の前のことだけではなく全体に目を向けたりするようになっていかないといけないと思います。みんなに責任があるということを分かるようにしていかないと、日本の民主主義は先行きが危ういのではないでしょうか。

 

【石井さん】
福澤の場合も、国民全体の知識レベルのボトムアップということは考えていたようです。でも、当時一番重要視していたのはリーダーシップを取れる人であり、その人が他の人を引っ張って、さらにその人が下の人を引っ張っていくというような段階を追って考えていたのだと思います。当時も今も、自分の義務はここまでという線引きはあると思いますが、それが役割分担としてうまく行っているときはよいけれど、治者と被治者として分断されて意思の疎通がなくなってしまうと、歪んだ社会状況になっていくのではないでしょうか。

 

<クロージングメッセージ>

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今ある知識を利用しつつ、新しいものを摂取する姿勢
福澤は西洋を模範とした理想の社会を目指し、それを進める人材を育成するために慶應義塾をつくりました。考えるだけではなく、それを行動に移すことを非常に重視し、自分自身も書物を書くだけでなく企業家としても活動していて、門下生に対しても実践を求めました。どんな理想の社会を構想するかということ、それに合わせた人材を作っていくということは、福澤の生きた明治の時代に限らず、今も重要なことだと思います。

 

福澤から学ぶべきは、昔からある知識や自分が持っている知識を最大限に利用しながら、新しいものを摂取して別のものを生み出すということだと感じています。昔からあるもの、古いものを必ずしも切り捨てることなく、新しいものを取り入れていくという姿勢は大事なのではないでしょうか。

<編集後記>

権力の偏重が固定化し、国を挙げて社会を変えていこうという気運に欠けるという指摘は、平成の現代にも通じることのようにも思われる。戦後、一億総中流時代からバブル崩壊やリーマンショックを経て格差社会が問題視される今こそ、福澤の言う「ミッズルカラッス」が必要とされているのかもしれない。

 

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    「観光先進国日本の進むべき道」

    伊達美和子
    (森トラスト株式会社 代表取締役社長)

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