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福沢文明塾 コア・プログラム講義録

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第13期コア・プログラム
ストラテジック・リーダーシップ
「プロ意識とは何か」

講師:阿部 佳
(グランドハイアット東京 コンシェルジュ)
インタビュアー:田村 次朗(慶應義塾大学 法学部 教授)
ライター:永井 祐子
セッション開催日:2015年5月16日

ホテルを利用する顧客のさまざまな要望に応えるコンシェルジュ。その国際団体レ・クレドールの正会員となり、レ・クレドールジャパンの設立にも尽力した阿部さんは、いわば日本のコンシェルジュの草分けとも言える存在だ。24年間の現場での経験に加え、現在は後輩たちを指導するリーダーとしても活躍している。その原動力ともなっているプロ意識とはどんなものだろうか。

 

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コンシェルジュの仕事の本質は、お客様の気持ちに応えること


 コンシェルジュの仕事とは、法的道徳的に問題がない限り、いかなることでもお客様の希望を叶えるお手伝いをすることだと言われている。「コンシェルジュとしてのプロ意識の原点は、なんとかしてお客様の<気持ち>に応えることです。どんな困難なリクエストを叶えることができたとしても、何かの手配や情報提供そのものは、コンシェルジュの業務ではありますが、仕事の本質ではないのです」。abe_2.jpg
たとえば「相撲を見たい」というリクエストを受けたら、なぜ相撲を見たいのか、そのほかの予定はどうなっているのを考えることで、その人にとってのベストな手配の内容は変わってくる。「何をしたいのか」というゴールをいっしょに見て共感し、その先を読んでいく。そうすることで、想定される問題点や本人が気づいていない情報を先取りして、ベストなゴールへと的確に導いていく。「お客様が期待した以上の満足を感じていただいて、初めてコンシェルジュの仕事と言えるのです。手配や情報提供はそのためのひとつのツールにすぎません。」
お客様が満足しても、それで終わりではない。その人がそのホテル、あるいは東京や日本をまた訪れたいと思い、実際に再訪してくれて初めてコンシェルジュの仕事の完成となると阿部さんは考えている。「その方自身は来られなくても、そのクチコミによって他の人が来てくださるということも含めて、再び戻ってきていただくことが、コンシェルジュの仕事のゴールです。これは、コンシェルジュが常に持たなくてはいけない意識のひとつです」。
 接客の現場でベストコンタクトを行うためには、それ以外の場面にその倍以上の時間や労力を費やしているという。寄せられる質問を想定し、街の情報やイベントの詳細を調べる、集めた情報を現場でシェアできる状態を作っておくなどだ。「そうした準備や片付けが不足したが故にうまく対応できなかったときは、大いに悔やみます。いかにスムーズにスマートにベストコンタクトをするかという点には、誇りというか意地に近いものがあります」。

 

 

リーダーの役割は決断をすること


 日々お客様と接するかたわら、リーダーとして他のメンバーを束ねている阿部さん。コンシェルジュという仕事の現場におけるリーダーには、どんなことが求められるのだろうか。
 「まずは決断。いかにタイムリーに明確な判断をし、それをどうやって伝えるかということです」。24時間365日動き続ける接客の現場では、さまざまなことを常に走りながら考えていかなくてはならない。その中で仕事全体をスムーズに進めるために、どう決断してどこで思い切るかは、リーダーの重要な役割となる。
チームの仕事である以上、対応にばらつきは許されない。担当者によって言うことが違ったり、メールで問い合わせたときの回答と異なる対応をされたりすれば、お客様は不安になる。「一長一短でどちらでもいいが、どちらにするか」という場面で、それをチームの仕事として整えていくのはリーダーの役割となる。abe_3.jpg
また、常に動いている現場では、一度決めたことを後から変更するのは大変なことだ。そのため、何かを決めるときにはできる限りベストな決断をする必要がある。それでも、時代の変化などに応じて変更を余儀なくされることはある。そんな場合、いつどのタイミングでどうやって変更するのかもリーダーが決断しなくてはならない。そして、全員が揃ってミーティングができない状況であっても、関わる人すべてにタイムリーに周知する。「重要なのは、何をどう変えるかだけでなく、なぜ変えるのかをしっかり伝えることです。その理由を一人ひとりがきちんと理解できる方法で伝えておかないと、結局表面だけしか伝わらず、現場でトラブルの元になります」。

 

 

「最善を尽くすのが当たり前」と思える環境をつくる


もうひとつリーダーが行うべき重要な仕事として、環境づくりを挙げる。チームでの仕事とはいえ、実際にお客様と接するのは一人ひとりであり、各個人がどれだけ良い仕事をするかが問われる。「特に新しい人たちには、思い切って自分の最高の仕事をしようと思える環境を整えてあげないと萎縮してしまいます。お客様を怒らせてしまったらどうしよう、リーダーに怒られるのではないかなどと怯えている状況では良い仕事はできません。だから、できる限りチャレンジできる環境を作ってあげること。何か失敗しても必ずチームで挽回してあげるからねということを、言葉ではなく伝えていく環境を作るのもリーダーの仕事です」。
阿部さんが「できる限りのチャレンジ」を重要視するのは、無難な方に流れることを恐れるからだ。「毎日同じことを続けていると、前の通りにやればいいと思ってしまいがちです。目の前のお客様にはそれとは違う方がベストかもしれないと思うなら、失敗するのが怖くてもチャレンジしなくてはいけない。もっと先に進もう、更に何かを目指そうとするのは、非常に大きなプロの条件だと思います」。
そのためには、現状維持に甘んじて無難な仕事をしないように、いつでもチャレンジできるような環境を作っていくこと。常に努力することが当たり前だと思うような環境を作ること。それが阿部さんの考える環境づくりだ。「その場その場で、目いっぱい考えて、もっと他にできることはないのか、これ以上のことはないのか、思いつくことは全部やるのが当然であり、そこまでやらないとプロとして恥ずかしいと、一人ひとりが思うような環境をつくりたいのです」。
言葉でなく伝えることで、相手が考える機会を与え、自ら気付かせる。それが阿部さんの考える、コンシェルジュの世界でのリーダーのあり方だ。「リーダーの根っこにあるのはプロ意識であり、志のあるリーダーであれば、そういうリーダーシップが可能になるのかなと思います」。

 

 

<インタビューセッション>

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【田村さん】現場でお客様の気持ちを読む力というのは、知識や経験で培われるものなのでしょうか?

【阿部さん】培われるというか、それがないとコンシェルジュではないので、そこを目指さなくてはなりません。突き詰めて言えば、コンシェルジュとは相手を見る、感じ取る仕事だと私は考えています。相手の要望に応えるのは実はそれほどむずかしいことではなくて、読み取ることの方がずっとむずかしいのです。それを可能にするのは経験や知識もあるけれど、大事なのはどれだけ興味を持つことかということだと思います。情報を増やすという意味では街のことでもイベントのことでも、いろいろなことにいかに興味を持てるか。そして一番大事なのは、お客様に対してどれだけ本気で興味を持てるか。相手を喜ばせたい、もっと満足して欲しいと思えば、嫌でも興味を持たざるを得ないはずです。

【田村さん】阿部さん自身の、人生における美学、幸福感とはどんなものですか?

【阿部さん】私にとっての美学は、いかにスマートに、平常心を保てるかということですね。そのための、いわばやせ我慢は私にとってとても大事です。幸福とは自然になるものではなくて、自分自身がなろうと努力してなるものだと考えています。つまり、楽しむというのは努力すること。毎日の仕事のほとんどは目をつぶっても答えられることばかりだったとしても、それに対していかに自分がワクワクしていられるか、それは本人の努力次第です。幸せのスタンダードを下げるというと寂しい言い方になってしまうけれど、今私がうれしい、楽しいと思えることを増やしていくことで幸せは増えていくのだと思います。

 

 

<質疑応答>


【塾生】努力を日々続けるために、どのようにモチベーションを保っていけばよいのでしょうか。abe_4.jpg

【阿部さん】私自身は、モチベーションを保つために苦労したことはありません。それを支えているのは「自分がプロである」という誇りと意地ですかね。プロとしての意識を持てば手を抜くわけにはいきませんし、ここで納得するわけにはいかない、もっと先を考えなくてはという気持ちになります。私という個人ではなく「グランドハイアット東京のコンシェルジュ」としてお客様と接する以上、コンシェルジュとしての役作りをするのです。そのためにはプロ意識は不可欠です。

他のスタッフのモチベーションという意味では、少しがんばればできる程度の目の前のゴールを据えておくことです。数ヶ月の間に達成できそうな目標を設定することで、がんばろうというモチベーションとなります。

そもそも、自分が「快」の状態でないといい接客はできません。自分が楽しまなければお客様を満足させることはできないのです。ですから、自分が快の状態でいるというのは仕事のうちであり、つまり職業意識として自分は幸せでなくてはならない。それもひとつのモチベーションになります。何かあって気分が落ちそうになるときにグッとこらえる。落ちそうな人がいたら気付かせてあげる。自分の気分が落ちることがマイナスに作用するのだと日頃から分かっていれば、言われた方もそこで気持ちを引き上げることができます。そういう関係を日頃から作っておくことも大事ですね。

【塾生】決断をするとき、これがベストだと見極めるポイントはなんでしょうか?

【阿部さん】その時点で考え得るすべてを尽くしたら、あとはそこまでやって決めたのだと覚悟するしかないですね。後になってもっと良いアイディアが見つかったら、それを見つけられなかったことは大失敗ではありますが、そこはベストを尽くしたと納得するしかない。そう思えるには、「もっと別の案もあるかもしれないけど、まあいいや」という仕事だけは絶対にしてはいけないと肝に銘じています。

【塾生】阿部さんがコンシェルジュとしてのプロ意識を持てるようになったのはいつ頃からですか?abe_9.jpg

【阿部さん】私はコンシェルジュになる以前から、プロ意識ということにすごく関心がありました。新入社員でパルコに勤めていたときには、お茶くみやコピーとりでも自分なりの気配りで他の人ではできない仕事をしたい、「コピーを取らせるならこの人に」「あの子にお茶を入れてもらいたい」と思ってもらいたい、と考えていました。「どうせやるならプロとしてやりたい」という意識があったと思います。

私たちの仕事は、やっていること自体は誰でもできることの延長です。それがアマチュアの親切と違うのは、プロ意識を持ってやっているからです。自覚するだけではなくて、それを常に意識上に置いておかなくてはいけない。「私はプロです」という誇りと意地を持つことで接客は変わってくるのです。

 

 

<クロージングメッセージ>


abe_7.jpg今回、事前課題として「あなたは何のプロですか」とお聞きしました。今日はコンシェルジュの仕事におけるプロ意識、私の考えるプロとは何かというお話をしましたが、その答えはいろいろあると思います。今日の話を聞いて、「プロってこういうことなのかな」と一人ひとりが考えるヒントになればうれしく思います。

皆さんには、今のうちに志を持ってほしいと願っています。特に学生の方は、仕事に就いてしまうと志どころではないという状況になりがちですから、ぜひその前に、何か志を定めてください。もちろん、それは途中で変わってもかまわないのです。そこに自分が志を持てるもの、それがみなさんにとってのプロなのだと思います。

 

 

<編集後記>


自身の美学である「スマートに格好良く」を体現するような凜とした姿が印象的だった。コンシェルジュというひとつの仕事に特化した話にもかかわらず、あらゆる職場でも通じる普遍的な「プロ意識」を学んだセッションだった。自らが目指すべきプロとしてのロールモデルを見出した塾生は多いのではないだろうか。


 

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