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福沢文明塾 コア・プログラム講義録

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第13期コア・プログラム
ストラテジック・リーダーシップ
「日本一を目指すリーダーシップ」

講師:並河 研
(株式会社OFC代表取締役/オービックシーガルズGM)
インタビュアー:田村 次朗(慶應義塾大学 法学部 教授)
ライター:永井 祐子
セッション開催日:2015年4月30日

アメリカンフットボールの日本一を決めるライスボウルで、2010~2014年の4連覇を成し遂げたオービックシーガルズ。前身のリクルートシーガルズ時代を含めて優勝7回は、同大会の最多記録だ。このシーガルズ創設に関わり、現在はGMを務める並河さんを講師に迎え、日本一を目指すチーム作りにおけるリーダーのあり方についてお話を伺った。

 

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少人数の同好会から日本一のチームへ


 大学時代にアメフトを始めた並河さんは、卒業後リクルートに入社。その前年にあたる1983年に内定の時点で同社の同好会として誕生したのがシーガルズだ。その後輝かしい成績を誇るシーガルズを率いてきた軌跡には、3回の苦難の時代があったという。
 まずは創部当初。同好会を作ろうと盛り上がったものの、名簿に名前を連ねたメンバーのうち、最初の練習に参加したのはわずか8人。「そんな少人数で練習をしたことはなかったので、何をしたらいいか分からない状態でした」。1年後の練習では並河さんの他には誰も来ない日もあったという。
 それでもなんとか続けたいという思いで、他の同好会やサークルに混ぜてもらって練習を続けた結果、88年には同好会から企業チームに昇格を果たす。namikawa_2.jpg実業団リーグにも参加するようになったが、成績で結果を出すまでには苦難の時代が続いた。「会社も本気になり出したので、大学のアメフト部で実績のある優秀な選手を採り始めます。日本一を目指そうとは言いながらもまだまだ牧歌的だった私たちと違って、彼らは本気で日本一を目指してがんばっているわけです。自分たちより優秀な若手が入ってきて、こんなことで日本一になれるのかと突き上げをくらい、非常に辛い立場になりました」。
 そこで、ハワイ大学からコーチと選手を招聘することにした。そして、そのアメリカ人コーチと相談しながら、言葉の使い方から練習方法、あるいは練習に遅れてきたときの罰ゲームまで細かく決めていった。「当時強かった日大、法政、京大などからきている選手たちにはそれぞれの流儀があります。それを全部聞いていてはまとまらないので、新しくシーガルズとしてのマニュアルを作ることにしたのです」。そうした努力が報われ、96年にはついに初の日本一の座をつかみ取った。

 

 

チーム存続の危機と停滞期を乗り越え4連勝


しかし、その頃世の中ではnamikawa_5.jpgバブルが崩壊し、新日鉄釜石のラグビー部、野球の熊谷組、日本鋼管のバスケットボールなど、花形だった企業スポーツが次々に廃部を余儀なくされていく時代となる。リクルートも2002年にシーガルズから撤退を決めた。このとき、並河さん自身もリクルートを退社し、クラブチームとしての運営を引き受けることを決意した。「日産やレナウンなど、アメフトでも多くのチームがどんどんやめていく中で自分が引き受けるわけです。会議の席で、会社が撤退するなら自分がと手を挙げてしまったのですが、なんで引き受けてしまったのだろうという感じですね。おまけに会社を辞めるというのですから、まわりの人は、まさかという顔であきれていました」。
 幸い、翌2003年にはオービックがメインスポンサーとなり「オービックシーガルズ」として再スタートを切ることになった。2005年には再び日本一に返り咲いたものの、その後の4年間は、準決勝どまりが続いたため2009年に思い切ってチーム改革に挑むことになった。これが第三の苦難の時期だ。「自分たちの良さとは何だろう?」と考えたとき、「主役は選手」というところに立ち戻り、もう1回チームを建て直すことにしたのだ。「選手を集めて、君たちが一番盛り上がれる、主役になれる、やっていておもしろい、ワクワクするフットボールって何か?という話をしました」。
 このとき、選手たちから集まった声を元にチーム改革を断行するため、何人かのコーチには去ってもらうことになった。「決して彼らに能力がないということではないのです。ただそのときのチームには合っていないというのが理由です。GMとして私が集めてきたコーチたちでしたが、選手を主役にするチーム作りのためと頭を下げました。お願いしながら涙が止まらなかったことを覚えています。」。
 その後、2010年から2014年まで、チームは4年連続で日本一に輝くこととなる。

 

 

ひとりの欲をみんなの夢に変えていく


 この30年の軌跡を振り返り、並河さんが今思うのは、リーダーとして重要なのは欲を夢に変えていくということだ。「アメフトが好き」「相手に勝ちたい」「日本一になりたい」というのは、個人個人の欲である。欲があるからこそ人は前に進んでいける。しかし、ひとりの欲に他の多くの人が乗っていくことはむずかしい。これをみんなが応援できる夢に変えていくというのだ。namikawa_13.jpg
 たとえば、チームが三連覇したとき、本拠地にしている習志野市の名誉市民となったことで、現在は市役所の職員の名刺にはオービックシーガルズのロゴを入れるなど、市を挙げて応援してくれている。オービックの社員も同様だ。そうなってくると、シーガルズが勝つ、世界と勝負するというのは、その人たちみんなの夢となる。「そうやってみんなで担げるものをつくっていけたらいいなと思うのです。その方が、視野も広がるし、関係者も増える。その結果当然、目指すべき頂が高くなり、目標も自然に作られていくのかなという気がします」。
 もともと世界でどうこうということは念頭になかったという並河さんだが、今は「もっとみんなが応援できるチームとはと考えると、日本一ということに留まらず、世界を目指すことも考えるようになりました。たとえば、アメリカにプロのチームを作って経営するとか、いつかはNFLに参画するとか。もしそれが実現したら、日本中の人が応援してくれるかもしれない。そうやって、個人の欲をみんなの夢に変えていけたら、非常におもしろいと思っています」。

 

 

<インタビューセッション>

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【田村さん】
小さい頃、今につながるようなエピソードがあったら教えて下さい。

【並河さん】
小学生の頃、親にせがんで伝記の全集を買ってもらったことがあります。当時から、何か人と違うことをして、名を残す人になりたいという思いはあったような気がします。

【田村さん】
日本一のチームを作るうえで、大切にしてきたことはどんなことですか?

【並河さん】
人と違うことをするということですね。自分の感性、感覚でいいと思ったことはすぐにやる。その中でも特に人がやってないことはやろうと考えていました。アメリカから本格的なコーチを呼んできたときも、その頃はどのチームも取り組んでいないことだったので、1回やってみようと。チームのカラーを決めるときも、強いチームのカラーを全部調べて、どこにもない配色を選ぶなど、とにかく人と違うことにこだわっていました。namikawa_10.jpg

【田村さん】
リーダーとは自分の考えをみんなに浸透させていくというイメージがありますが、並河さんの「みんなが主役」というアプローチは、それとは逆のように感じます。

【並河さん】
そうですね。アメフトというのはマニュアルがすごくきっちりとできあがっていて、その通りに実行するのが基本です。でも、マニュアルにある一つひとつが選手のやりたいことなのかどうかという点はあまり考えられていません。マニュアルそのものを、選手自身がやりたいことにしてしまえば、選手自身も意欲を持って取り組めるはずです。試合ではほぼずべてがサインプレーなのですが、その中で何を消化し次をどう予測して動くかというのは、いくらマニュアルがあっても結局は自分で考えなくてはなりません。だから、自分の意思が入っているマニュアルであるかどうかで、実際の行動は大きく異なってきます。ビジョンも同じで、上から与えられたものはなんとなく絵に描いた餅のようだけれど、自分が決めたものであれば、納得してそれに従います。そういう感じで、チームの戦術や戦略にみんなを巻き込むための「みんなが主役」なのです。

 

 

<質疑応答>


【塾生】日本一にこだわる理由は何でしょうか?namikawa_8.jpg
【並河さん】
第一に、競技スポーツは頂点を目指さないといけないという理由があります。準優勝では全然おもしろくありません。私自身は、自分の中のどこかに人生は本物でありたいという思いがあって、その証しとしてチャンピオンになるというのは大きな目標だと思っています。それに加えて、みんなに応援してもらうためにも、みんなで「日本一を目指す」という方が分かりやすいのではないでしょうか。

【塾生】日本一を目指す上で、創設期、改革期など夢を実現させるという過程によって、関係する人の数や構成も変わってきたと思います。そのフェーズごとに、どうやってまわりの人を巻き込んできたのでしょうか。

【並河さん】
時代の流れによってパス優位の時代、ラインプレー優位の時代などの戦術的な違いがあったりします。さまざまな環境を過ごした選手たちはそれぞれ「こんなプレーが一番いい」と信じています。そういう選手たちを巻き込んでいくには、「ここで自分たちが理想としているのはどんなチームなのか」「対戦相手に応じてどのように勝っていくのか」という話を、じっくり対話していくしかないと思います。入ってくる選手たちがそれぞれどんなコーチングを高校や大学で受けてきたのか、どういうプレーの傾向できたのかをまずは理解することからスタートし、お互いの共通言語を作っていくという作業が重要です。namikawa_11.jpg

また、同じことを続けていたのでは勝てないので、次を考えなくてはなりません。そういうフェーズでは、今いっしょにやっている人たちと話をしていても同じ共通言語しか持っていないので、新しいところから持ってくるのがいいのかなと思っています。まさにそういう意味で、2015年は日本一を逃してしまったので、新しいコーチをアメリカから呼んで、まったく違うことをやっていこうと考えているところです。

シーガルズというチームも誕生以来30年経っているので、チームとして成長していけるようでありたいと思っています。となれば、単純に日本一というだけでいいのか。果たすべき社的役割がもっとあるのではないか。ホームタウンである習志野市民を巻き込んで日本一になったというだけではなく、たとえばNFLに日本人選手が生まれたりすれば、それは日本中の人の夢にもなるわけです。そういうフェーズになれば、また巻き込み方も変わってくるのだと思います。

【塾生】
「勝つためにやる」と言い切るリーダーに、namikawa_14.jpgみんなが着いてこられるものなのか疑問に思うのですが。

【並河さん】
それはその通りなので、エントリーマネージメントにはこだわっていて、日本一になりたい人に来てもらいたい、そうでない人は来なくていいと明言しています。ただ、企業に属して仕事を続けながら競技スポーツをするからには、誰もがチャンピオンになりたいという気持ちはあるはずです。土日も犠牲にしてケガのリスクを負いながらやる以上、日本一にならなかったらもったいない。家族サービスをする時間もない選手たちのためにも、逆に日本一になることでその気持ちに応えなくてはならないと私は考えています。

【塾生】
並河さんにとって、右腕となる存在はいますか? そこに求める条件とはどんなものでしょう?

【並河さん】
初めて日本一になってリクルートの社内報の取材を受けたとき、担当者から「このチームは誰がリーダーなのか分からない」と言われました。取材した人がみんな「俺が日本一にした」というようなことを言ったらしいのです。私はこれを聞いてとてもうれしく思いました。全員が「自分が立役者だ」と思ってくれるのが、私にとっての理想だからです。まさに全員が右腕というところでしょうか。今日ここでお話したことも、全部自分がやったことではなく、いろんな右腕のみなさんがやったことを、私が説明しているというのに過ぎないのです。

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<編集後記>


質疑応答でたびたび「これで答えになっていますか?」と確認するなど、塾生たちと真摯に向き合う姿勢からは、「主役は選手」というポリシーで接しているという選手たちとの関係を垣間見る思いがした。自分が目指す目標に向けて、ときに柔軟に対応しつつも決してあきらめない強い意志を持つリーダー像を示してくれたと思う。

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