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福沢文明塾 コア・プログラム講義録

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第12期 コア・プログラム
ベーシック・ナレッジ
「コンパッションを鍛えて幸福度を高める」

講師:清水ハン栄治
(メディアプロデューサー)
インタビュアー:前野隆司(福澤文明塾 プログラム・コーディネーター、慶應義塾大学 大学院システムデザインマネジメント研究科委員長)
ライター:永井 祐子
セッション開催日:2014年11月15日

『happy -しあわせを探すあなたへ』というドキュメンタリー映画の上映から始まった今回のセッション。後半はこの映画をプロデュースした清水さんを迎え、幸福な人に共通している因子は何かという分析に続いて、幸福度のスキルを鍛えるトレーニングを体験した。

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幸せな人の共通項は<人に優しい>こと

 

この映画には、インドの貧しい人力車の車夫、ブラジルのサーファー、イジメを克服した少年など、世界各国のさまざまな人が登場する。その多様な幸せの姿を見つめながら、脳医学、心理学、幸福学の世界的権威の分析も加え、どうすれば人は幸せになれるのかに迫るドキュメンタリーである。
 6年の歳月をかけ、世界を二周半してこの映画の取材をした清水さん自身、大企業に勤めて高収入を得るという、いわば人生の「勝ち組」として暮らす中で、「このままで幸せなのか」という疑問を感じた経験を持つ。「映画作家としてだけでなく、私自身が幸せになりたいという思いで、幸せになるコツのようなものを求めていろいろなところへ行き、多くの人に会いました。そしてようやく、人種や地域、性別、貧富の差などを超えた、普遍的な幸せの共通項を見つけたのです」。shimizu_2.jpg
 それは、<幸せな人は優しい>ということだった。世界の幸福学の研究では、幸せのためのキーとして、マインドフルネス(自らの内面に気付く)、感謝の心、楽天的な考え方といったものが挙げられている。「それに加えて、コンパッション(Compassion)、つまり慈悲の心、優しい心が幸せにつながっていくということを、今日の話の大前提として覚えておいてください」。
 コンパッションと幸せとの相関関係については、科学的なデータからも実証されているのだという。それを説明するために持ち出されたのは、アミグダラ(Amygdala)という脳の機能だ。日本語では扁桃体と言われ、脳の中心部にある。アミグダラは五感から得られる外界からの刺激を監視し、それが危険かどうかを判断する働きを担っている。つまり、直面した状況にどう反応するかをコントロールしているのだ。このアミグダラか過敏すぎると、些細なことにも過度に悲しみ、怒り、嫉妬、落胆などのネガティブな反応をしてしまう。コンパッションのトレーニングすることで、そうしたアミグダラの過度な働きを沈静化することも可能となるのだ。

 

 

人間は本来「助け合う喜び」を持って生まれる

 

一方、猿や人間などの高等動物は、他人の体験を見たときにそれを自分のことのように感じる能力を持って生まれてきている。ミラーニューロン(Mirror neuron)と呼ばれるこの力によって、自分がコンパッションを以て困っている人を助けると自らも救われるという現象が起こる。
 また、人間が幸福を感じる場合、何かに勝ったり達成したりした場合に感じるポジティブな感覚は脳内のドーパミン(Dopamine)によるものだ。また温泉に浸かってホッとリラックスするような感覚はセロトニン(Serotonin)による。これらに加えて、また別の幸福感を出す脳内ホルモンがオキシトシン(Oxytocin)である。shimizu_3.jpg
 たとえば、未曾有の大災害で救助活動に当たっている自衛隊の映像をテレビで見たときに感動して涙ぐんでしまうような、人が人に優しいアクションをしているのを見て生まれる感覚はオキシトシンによるものだ。
 これらの作用により、AさんがBさんを助けていると、助けてもらったBさんはもちろん、助けているAさんも、それを第三者として見ていたCさんもポジティブな感覚になる。そしてCさんもDさんを助けたくなり、それを見たEさんも……というように、優しい気持ちが伝播していく。「運動能力に優れていない人間が行き伸びてこられた一因は、こうやって人と人が助け合うことに喜びを感じることにもあると考えられています」。

 

 

慈悲の心を鍛えるワーク

 

それでは、幸福度につながる慈悲の心すなわち自分の愛情は、どうやれば鍛えることができるのか。「人間の脳みそは、おとなになってからでも刻々と変わるということが分かっています。日々何をするか、何を考えるか、何に注意を向けるかによって脳の機能も形状も変化するのです。ですから、成人した皆さんでも、トレーニング次第で優しい気持ちを増幅させていくということは可能だということです」。
 ここからは、実際にそのトレーニングのための瞑想を体験するワークが行われた。

 

■ワーク1:セルフコンパッション。自分自身の愛情を補給する

 

自分が健全な愛情を持っている感覚をしっかり認知しないと他の人にコンパッションを出すことはできない。そこで、ウォーミングアップとして、自分の愛情を高める瞑想を行った。shimizu_14.jpg
<生まれてから今までの記憶を遡り、自分がどんな名前で呼ばれていたかを思い出す>

「このワークでは、今まで出会った大部分の人が自分を愛してくれた、多くの人にお世話になってきたという感覚をつかめたことでしょう。愛情を外に探していくのではなくて、自分がどのぐらい愛されてきたかを再認識することで、心がほっこりし、愛情を補充できたと思います。」

 

■ワーク2:慈悲の心を養う

 

200人の被験者に9週間の実験を行った結果、幸福度が3割アップしたという瞑想だ。ダライラマ法王も毎朝2時間実践しているという。

<目を閉じて心を落ち着け、以下の文章を心の中で強く念じる>
「(私が)が生き生きと健康的な毎日が送れますように」
「(私が)が成功し、充実した人生を過ごせますように」
「(私が)がストレスと苦難から解放されますように」
「(私が)まわりに愛され幸せでありますように」

次に、(私が)の部分を、(愛する人)(好きでも嫌いでもない中立な人)(苦手、嫌いな人)(世の中全ての人)と入れ替えて、順に4つずつ念じる。

「自分自身や愛する人について、その幸せを念じるのは簡単ですね。その延長で中立な人についても抵抗なくできたのではないでしょうか。嫌いな人となると辛かったかもしれませんが、愛することはできなくても、トライすることはできたのではありませんか? つまり、0と1の境を飛び越えたような感覚ですね。これをやってみると新しい視点ができる可能性があります」。
 嫌いな人、許せない人というのは、その人に対して自分がそういうラベルを貼っているということでもある。「ラベルを貼ることによって、本来の自分の優しい気持ちに蓋をしてしまっているのです。過去に何があったかは置いておいて、無条件で人を愛せる状態を作ろうというのが、この瞑想の目的です」。shimizu_5.jpg

 これらの瞑想法に加えて、スコットランドのスピリチュアルコミュニティで学んだという「無条件に人を愛せる形」を作るために日々実践できる方法も紹介された。それは、街ですれ違う人すべてに対して、無条件にポジティブな感情を放出するというものだ。たとえば、「おばあさん、気をつけて帰ってね」「おじさん、お仕事お疲れさまでした」「お兄さん、暑いのに頑張ってるね」などという具合に。「騙されたと思って3日間続けてみると、何かのスイッチが入るはずです。心が穏やかで温かくなり、まさにオキシトシンが爆発しているような幸せな感覚が味わえるはずです」。

 

 

優しい気持ちで過ごせば、人生は楽になる

 

清水さん自身、意識的に自分の優しい心、慈悲の心を鍛えていくことによって、自分の中で変化が生まれてくるのを感じているという。それを実感したのが、ある電車の中でのエピソードだ。乗り合わせた電車に若干臭うようなホームレスの女性がいた。清水さん自身は最初に見た瞬間から「生活大変そうだけど、がんばってね、応援するよ」という温かい気持ちで眺めていたが、隣に座っていた男性は明らかに不愉快そうで、駅に止まるたびにその女性が降りないことに落胆し、舌打ちまで始めたという。結局その女性は終点まで降りなかった。「彼にとってみれば、電車に乗っている間ずっと地獄を味わった気分だったでしょう。私だって以前だったら彼と同じだったかもしれない。でも、優しい気持ちを持てるようになったことで、幸せとまではいかなくてもいい気持ちで過ごすことができました」。人生も同様に、優しい気持ちで過ごせば楽になるのに、怒りや嫉妬心を持っていると地獄になってしまうということを象徴している。
「向上心の強い皆さんは、これからも自己啓発本を読んだりしてさまざまなスキルを学んでいくでしょう。同時に、優しい心を鍛えるということも忘れずにいてほしいと思います」。

 

 

 


質疑応答

 

【塾生】
映画には仕事で感じる幸せというパターンが出てきませんでした。仕事に没頭するという生き方は幸せではないのでしょうか?shimizu_6.jpg
【清水さん】
恐怖のようなものが底辺にあって仕事を頑張るというのではなく、自分の内的な動機で仕事にミッションを感じてのめりこむのなら、それも幸せだと思います。あるいは、簡単すぎず難しすぎず、その中間地点の仕事は人を成長させます。そこで集中してがんばることができると、日々の自分の成長が分かって幸福度が高まるとも言われています。

【塾生】
映画にも日本の過労死の問題などが出てきましたが、日本のこの働き方の仕組みはすぐには変わるものではないと感じています。その中で幸せになるためにはどうしたらいいでしょうか。
【清水さん】
環境を変えたいが変えられないというのなら、それに対してどうリアクションするかということに、考え方をシフトチェンジするしかないでしょう。心の持ちようについては、今日紹介したようなテクニックで変えることができるので、実践してみるといいと思います。

【塾生】
日本人がどうしても周りの目を気にしてしまうのは、何かを言われても大丈夫という精神力が不足しているのでしょうか。
【清水さん】
自分を苦しめているものは何なのかと考えたとき、人に何か言われたというのはきっかけに過ぎなくて、自分の考えや自分が作り上げた創造物が自分を苦しめているということがあります。実は人はそんなに気にしていないということも多いので、本当に自分を苦しめているものを見極めるトレーニングをしていくと、楽に生きられるようになると思います。

 

 


<1分スピーチ「私にとっての幸せとは」>

 

セッションの最後は、塾生全員による1分スピーチ。この日観た映画や清水さんの話の内容も踏まえ、それぞれが感じる幸せのイメージを自由に語ってもらった。代表的なものを挙げておく。shimizu_8.jpg

「人に感謝をされたとき。自分がやってきたことに意味があったと思えるから。そして、自分が人に感謝したとき。それだけ愛を注がれたと感じるから。」
「自分の存在意義を見出すこと。外の世界に影響を与えられること。」
「大好きな人とおいしいものを食べてお腹いっぱいだねと言い合ったり、テレビを見ながら家族で一緒にご飯食べたりする何気ないひととき。」
「笑顔でいられること。いろんな幸せが出てきたが、共通点は笑顔でいることだと思う。」
「自分の居場所があること。ここにいてもいいと言ってくれる人や場所に安心感を得られれば、それだけで幸せ。根幹にあるのは家族という自分を守ってくれる存在。自分もそういう家族を作れたら良い。」
「無我夢中で取り組んで、がんばり続けられること。プロセスは辛くてそのときは気付かなくても、後になると幸せだったと思える。」

 

 

クロージングメッセージ

 

みなさんのスピーチを聞いていると、幸せを追求していくと優しい心がキーワードになるということにもう気付いているようなので、そのまま突き進んでもらえるといいなと願っています。社会に出ると、自分の本来の価値観を曲げざるを得ない状況に遭遇することもあるかもしれませんが、そのときはぜひ心の中で腕まくりをして、ここでは負けない、今もっている価値観だけは貫くぞという勇気を持って進んでください。

 

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編集後記

 

幸せという漠然とした概念を、脳内ホルモンの働きなど科学的根拠を元にした説明は説得力があり、トレーニングによって幸せに近づけるというのは、かなり新鮮な話だったと思う。幸せの根源はまさに自分自身にあるのだと感じたセッションだった。

 

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