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第12期 コア・プログラム
ストラテジック・リーダーシップ
「ゆるぎない信念で公教育の変革に挑む」

講師:代田 昭久
(佐賀県武雄市教育委員会教育監)
インタビュアー:田村 次朗(慶應義塾大学 法学部 教授)
ライター:永井 祐子
セッション開催日:2014年10月18日

最近、教育界において「反転授業」(Flipped Classroom)というスタイルが注目されている。佐賀県武雄市では全国1700の自治体に先駆けて、児童一人一台のタブレット端末を配布して、この反転授業を取り入れている。全国から関心が集まる中、小学校の現場でその導入・実践に取り組んでいるのが、本日の講師である代田さんだ。民間出身者として公教育改革に挑む思いを語っていただいた。

 

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知識の習得は自宅で予習し、教室では発展学習に時間を割く

 

慶應義塾大学の経済学部を卒業後リクルートに入社した代田さんが教育現場に関わるようになったのは、2007年のことだ。同社を退社後自ら設立した会社で村上龍氏の『13歳のハローワーク』公式サイトを手がけたことがきっかけだった。その縁で、当時杉並区立和田中学校長であった藤原和博氏の依頼を受け、同中学の運営協議会の委員として協力。その後、藤原氏に続く民間出身の校長として着任するに至った。2013年同職を退任後は、現職である佐賀県武雄市教育委員会教育監に、そして2014年4月からは武雄市立武内小学校の校長も兼任している。shirota_2.jpg
武雄市では、2014年4月から市内11校の小学生全員に学習用タブレット端末を貸与することが決まっていた。「何ごとも一番にやらないとニュースバリューがないという市長の判断は良かったのですが、タブレット端末の導入以外は具体的なことが何も決まっておらず、何をやったらいいかという相談を受けました」。
 そこで考えたのが、いわゆる反転授業だ。反転授業とは、授業の前に予習として自宅で動画を視聴しておき、教室では予習で分からなかった点を教え合ったり、発展問題に取り組んだりするというものである。教室での授業と自宅での復習という従来のスタイルを「反転」させるわけだ。「同じことを聞いてもそれを理解するスピードは2~3倍の個人差がある、と教育学的に言われることがあります。それなら知識を習得する部分に関しては、各自で学んだ方が効率的だろうという発想です。インターネットの普及と動画作成などのテクノロジーの発達がこれを可能としました」。
 そもそも、人間の記憶は耳で聞いただけよりも、視聴覚教材や実験、体験、およびグループ討論などを行うことで定着率が高くなる。文科省でも共同学習の重要性を唱えているものの、現実にはその時間を確保することは難しく、教室では一方的に話を聞くことが中心になりがちだ。そこで、知識のインプットの部分は自宅で行い、学校では共同学習や発展学習によってそれを定着させることに注力しようというのが、反転授業の狙いだ。

 

 

主体的参加を促し、協働的問題解決能力を育む

 

武雄市ではこの取り組みの導入に当たり、あえて「反転授業」という言葉と使わず、「スマイル授業」と呼ぶことにした。School Movies Innovate the Live Educationの頭文字をつなげたものだ。「これまでとまったく違うことを始めるという不安に加えて、学校と家庭の役割が反転するというイメージに、保護者は大きな抵抗を感じたようです。そこで、<学校の動画によって教室がより革新する授業>という意味でこの名前を採用しました。新しいことを始めるときに、ネーミングに代表される最初の印象はすごく大事なのです」。
スマイル学習の目的は三つある。ひとつは、予習をすることで児童がより主体的に授業に参加できること。「社会に出ると、準備の有無でビジネスの成否が決まるというシーンはよくあります。人が集まるときには必ず準備をして臨むものだということを小学校のうちから徹底させようということです」。実際にやってみると、予習をしてきた子供たちは「もっと知りたい」とワクワクしている様子が見て取れたという。分からないところで一時停止やリピートをするなど、各自のペースに合わせて知識を学べるのもデジタルならではのメリットだ。shirota_3.jpg
二つ目は、教員が児童の理解度を正確に把握すること。武雄市では動画の最後に小テストを設けておき、その答えを授業の冒頭で送信させている。従来なら、どのぐらい分かっているかは子供たちの様子から推し量るしかなかったが、デジタルツールの導入のおかげで、どの問題をどれぐらいの子供が間違えたかを瞬時に細かく知ることができる。
そして三つ目は、協働的な問題解決能力を育成すること。学校では、知識を一方的に詰め込まれるのではなくて、教え合い、学び合いによって知識を習得することを目指す。この協働的な問題解決能力は、OECDが今後世の中でもっとも必要な能力のひとつと位置付けているスキルだ。従来の日本の教育現場では育むことできず、その結果日本人がもっと苦手だと指摘されるものでもある。
現代の社会で新しいイノベーションを起こすには、マーケティングにも心理学者や教育学者が参加するなど、専門家以外の人材を入れることが必要とされている。異業種から教育界に参入し、現場から教育改革に挑む代田さん自身が、まさにその好例ともいえる。そうした現場では、多様な人と意見を交わしながら新しい解決策を生み出していかなくてはならない。「子供のうちから人の意見を聞き、しっかりと自分の意見を話すという力を育んでいきたいと考えています」。
重要なのは、タブレット端末を使うことではなく、これらの目標からぶれることなく、新しい教育手法によって従来の課題を解決するということなのだ。
この取り組みが開始して半年経過した時点での調査によると、子供たちの95%は「普通の授業よりよく分かる」と回答するなど、順調なスタートを切っている。動画を使って家庭で予習するというスタイルは、家庭での親子のコミュニケーションの機会を増やす効果も上げているという。「紙の宿題だといつやっているのかは分からないかもしれないけれど、動画を見ていれば音も出るので、親がいっしょに見るきっかけにもなります。それがこの試みの狙いのひとつでもありますが、実際、子供が予習しているところを見たことがあるという親は圧倒的に増えています」。

 

 

明治時代以来変わらぬ日本の教育界を改革する

 

このほかにも、公教育に新しい風を吹き込む改革に次々と挑戦している代田さんは、その改革の必要性を、教育界が明治の初期の頃と比べてほとんど変わっていないという問題点から指摘する。「たとえば、亀山社中という日本初の株式会社を設立した坂本龍馬が現代のトレーディングルームに入っても何もできません。この150年間に商業活動はまったく異次元のテクノロジーが導入されているからです。同様に、日本初の外科手術を行ったとされる緒方洪庵も、現代の手術室では何の役にも立たないでしょう。しかし、福澤諭吉が現代の教室にやってきたら、黒板を使って普通に授業ができてしまいます。これだけ時代が変わっているのに、140年前の学制発布以来の机と黒板というスタイルのまま、何も変わっていないのが日本の教育界なのです」。
 2014年度に小学校の理科と算数の授業で導入されたスマイル授業は、2015年度から市内の全中学校の数学と理科の授業でも導入される。「小学校では全体の1~2割、中学校なら3~4割、そして大学は全部がこのスタイルでもいいのかなと、個人的には考えています。まずは小学校から徐々に変えながら、子供たちの自主性や先生方のファシリテート力を鍛えていき、次の世代が世界と伍して闘えるような教育を行なっていきたいと考えています」。

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インタビューセッション

 

【田村】小さい頃はどんなお子さんでしたか?
【代田】田舎にいた頃は勉強もできて運動もできるつもりでした。東京に出てきて、そんな「田舎の神童」はいっぱいいるということを思い知りました。子供時代もまわりに勉強のできない子はいたはずなのに、意識したことがなかったんですね。杉並区の和田中学校で校長という立場になってみて、神童と呼ばれるような勉強のできる子どもとともに、家庭環境が圧倒的に恵まれていない子どもたちにも、目を向け、手を差し伸べてあげなくてはならないことを身をもって体験しました。今、盛んに格差社会ということが問題になっていますが、私もあのままリクルートにずっといたら、そんな世界があることにはまったく気付かないままだったと思います。

【田村】
今後どのように日本の教育を変えていきたいと思いますか?
【代田】
ベースは一人ひとりが経済的にも精神的にも自立することです。学問だけではなく、経済社会の中で自分がどう関わっていくのかという問題を捉えられるような教育をしていかなくてはいけないと思っています。現状はほぼ100%がたったひとつの正解を求めるような教育を受けるけれども、現実に社会に出れば正解のある問題はありません。賛否両論のある中で議論をしていって、WinWinとまではいかなくても、ときには妥協もしながら解決していくという方法を学ぶ機会がないのです。市民社会の成熟した民主主義を生きていくためには、他者と関係性を構築できるような力を身に付けて欲しいと思っています。

 

 

質疑応答

 

【塾生】
民間校長として赴任されて風当たりも強かったと思いますが、どんな風にモチベーションを維持したのですか?shirota_6.jpg
【代田】
初めて職員会議に参加したとき、まわりの反応は冷ややかなものでした。しかし、『13歳のハローワーク』のサイトを手がけたときに、13歳という大人の入口で将来の夢があることは人生の幸せ度に大きな違いが出るという考え方に感動して以来、そういうことを教えてくれなかった従来の学校を変えたい、勉強だけではなく正解のない答えを教えて良い子供たちを作りたいという強い信念を持っていました。やりたいことがあるというゆるぎない信念を持って始めたことだったので、まわりの反応は気にしませんでした。

実際にモチベーションを維持できた直接の理由は、子供たちが変わってきたことです。子供たちが変わると先生たちも変わる。方法には違和感があっても、子供たちの学力が上がって良い子になるのなら納得してくれる。子供たちが変わるのが全てだと受け入れられるところは、聖職である先生方のすばらしいところですね。

【塾生】
学校教育というのは保守的な考えの人が多い現場だと思いますが、そこに新しい考え方を持ち込もうというときに、抵抗勢力にどう斬り込んでいったか、そのポイントを教えてください。
【代田】
教育にはある程度の一貫性が必要で、そのためには時代の流れに合わせていく部分と、絶対にぶれてはいけない部分が相反しているものです。教育がコロコロ変わったら大変ですから、抵抗勢力というのも大事だと考えています。心がけたのは、何が課題なのかをきちんと話し合うことです。「落ちこぼれが問題だ」というのなら、タブレット端末で全員の点数を把握できる環境を作った方がいいとか、先生たちが多忙で大変だというなら、小テストの採点業務が8割減になりますよとか。ものすごく細かい各論で課題を解決していくしかないのです。実践として変わっていくためには、小さな課題と地道なコミュニケーションに尽きると思います。shirota_5.jpg

【塾生】
一つひとつの学校の取り組みを、どうやったら全国に広げていけるでしょうか。
【代田】
全国的に広めるというのは究極の課題ですね。和田中で学力が伸びたと報告しても、それは一気に全国には広がりません。しかしまわりのいくつかの学校には広がった。次は地方自治体単位でというのが、今回の挑戦です。武雄市は人口5万という小規模ではありますが、ここで成功事例を作ることで、次は都道府県単位でできるレベルを構築していきたいと思います。そうやって日本の公教育を変えようという、本当に大胆な挑戦です。

 

 

クロージングメッセージ

 

今日、私が皆さんの質問にだいたいすぐに答えられたのは、今までにもいろいろな場所で質問をされてきたことによって、考えが自分の中で整理されてきたという経験によるもので、これこそ対話の威力でもあります。皆さんも、せっかくこういう場を経験するのですから、一方通行の理解ではなく、対話を通して議論を深めることで、新しい日本を作る次世代のリーダーになっていただきたいと思います。

 

 


編集後記

 

まったく畑違いの経歴から教育現場に飛び込み、「日本の教育を変えたい」という強い思いを胸に日々奮闘を続ける代田さん。苦労話も笑顔で楽しげに語る様子からは、子供たちへの温かいまなざしと、教育への熱い情熱がひしひしと伝わってきた。自らの理想を形にするために、ゆるぎない信念の持つ力を感じさせるセッションだった。

 

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