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福沢文明塾 コア・プログラム講義録

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第11期 コア・プログラム
ストラテジック・リーダーシップ
現代の難問に向かい合う勇気を持つ

講師:鈴木 寛
(慶應義塾大学政策メディア研究科兼総合政策学部教授、東京大学公共政策大学院教授)
インタビュアー:田村 次朗(慶應義塾大学 法学部 教授)
ライター:永井 祐子
セッション開催日:2014年6月5日

通産省官僚を経て、政界、教育界とさまざまな場で活躍を続けている鈴木さんは、常に時代の困難と向き合い続けてきた。様々な問題が山積するこれからの時代、難問解決にはどんなリーダーシップが求められるのか。2時間余りの熱いセッションが繰り広げられた。

 

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コミュニティ・ソリューションという第三の道


 95年の阪神淡路大震災で鈴木さんの実家は半壊し、父親も被災した。未曾有の大災害に政府の対応が後手に回る一方で、大きく注目されたのはボランティアの活躍だった。「当時官僚だった私は、国や法律が世の中を動かしていると信じていました。そのために自分も徹夜して懸命に働いてきたのに、肝心なところで政府は機能せず、父を含めて神戸の仲間たちを勇気づけてくれたのは、ボランティアの方々でした」。
これを契機にボランティアやNPOに関心を持ち始めた鈴木さんは、本業とは別に、個人的に様々なNPOの会合などに参加するようになった。
suzuki_2.jpg そして3年後の98年には、『ボランタリー経済の誕生』という本の執筆に参加。そこで提示されているのは、ガバメント・ソリューションでもなく、マーケット・ソリューションでもない、「コミュニティ・ソリューション」という第三の道だ。それは、関係者による現場コミュニティを形成し、熟議と協働で問題を解決するという考え方である。メンバーによる互助、共助の自発・創発を基本とすることで、解決策のカスタマイズやベストなタイミングを計ることが期待できる。
「カスタマイズとタイミングは、パブリックサービスやソーシャルサービスの本質ですが、官僚システムはこれが一番苦手です。官僚によるガバメント・ソリューションが目指すのは最悪の最小化。つまり事なかれ主義で最高得点を狙うのが官僚機構なのです」。
 このことに疑問を感じるようになった鈴木さんは、99年に通産省を退官。その後、慶應の助教授に就任し学生たちの指導に当たる傍ら、『ボランタリー経済の誕生』の共著者でもあり、同じく慶應の教授であった金子郁容氏と共に、コミュニティ・スクールの構想を練り上げていった。
 コミュティスクールは、コミュニティ・ソリューションを教育現場に当てはめたものだ。地域の人や保護者が自発的に参加するコミュニティによって、学校の主体性を尊重した「学校プロデュース」を目指す。この構想を広めたいという思いもあり、誘いを受けた鈴木さんは01年の参議院議員選挙に民主党から立候補し、議員としての道を歩むことになる。
 野党時代から制度化に取り組み、与党となり文部科学副大臣に就任すると、教育基本法に定める教育振興基本計画にコミュニティ・スクールの倍増を盛り込むなど、その拡大に尽力した。その結果、放課後と土日だけ地域の人が支えるというケースも入れると、現在コミュニティ・スクールは全国で1万校にも上り、参加している学校ボランティアの数は650万人を超えるに至っている。

 

 

関係の貧困が生む、現代の諸問題


suzuki_3.jpg これらの鈴木さんの行動は、「卒近代」というビジョンに基づいている。「ポストモダン、脱近代とは違い、近代をリスペクトしつつ卒業するという感覚です」。というのも、世界中のほとんどの国では今、近代国民国家システムがうまくいかないという状況に直面しているのだという。
 「たとえば、代議制民主主義はもう限界です。多様なニーズをひとりの代議士に集約して解決するのは無理があるのです。平均化という概念もほころびを見せていて、平均値を求めることで正規分布の真ん中を狙ったつもりでも、実はそこには誰もいないのです」。
 21世紀の今、私たちのまわりでは自殺者の増加、引きこもり、いじめなど、近代システムの適応では解けない問題が続出している。これらの事象は医療でいう自己免疫疾患と類似していると鈴木さんは分析する。自己免疫疾患とは、本来は異物を排除するための免疫機能が正常な細胞や組織にまで過剰に反応し、自らを攻撃してしまうことで起こる病気だ。同調圧力やうつ、自傷などもこれと似たようなものではないか。そして、こうした問題は、コミュニケーション不全に起因するのではないかと考えている。
 このようにさまざまな近代の手法が現実社会において破綻している今、それを補うものとして鈴木さんが提唱するのは「クリエイティブでコラボレイティブなアートワーク」という考え方、すなわち大量生産、廃棄文明に対するアンチテーゼとして、唯一無二の人々がひとつしかないアートワークを作り出していくというものだ。松下幸之助はPHP(Peace and Happiness through Prosperity)という理念を唱えたが、鈴木さんはPHC(Peace and Happiness through communication, collaboration, creation, culture)こそが、これからのキーワードだと捉えている。プロダクションを重んじる時代から、違う能力を持つ人がコラボレーションし、ひとりでは絶対にできない価値を作り出す社会へと変わって行くのだという。
 「機械アナロジーのメカニズムを追い求めてきたのが近代だとすると、今重要なのは生命アナロジー、オーガニックです。マニュアルを暗記して高速・正確に再現するよう教育され、ベルトコンベアーの前でコーポレーションしていく時代は、もう卒業でしょう」。

 

 

難問に向き合い続ける勇気を持つ


 「卒近代」を成し遂げるためにリーダーにとって一番大事なのは、「難問に向き合い続ける勇気」を持つことだ。そのためには、問題に向き合ったときに生じる「板挟み」状態の体験が重要なのだという。どんなに辛くてもそこから逃げず、むしろ自ら望んで体験することが大きな意味を持ってくる。「本当の矛盾や葛藤を肌身で実感すること。逃げずにつぶされない鍛錬を積むこと。そこで難問と向き合う術となるのがまさに熟議なのです」。
 鈴木さんが一貫して提唱してきた「熟議」とは熟慮して議論すること。卒近代においては、前例や正解のない難問を当事者として考え、意見を出し合い、解決策を考える熟議が欠かせなくなるのだ。
 板挟みになって判断を迫られたときに拠り所となるのが「教養」だ。「歴史上、世界中の様々な人たちがいろいろな板挟みになってきました。先人たちがそれをどう捉えいかに乗り切ったのか。そんな物語を自分のためにどのぐらい貯めておけるか。それも単なる知識としてではなく、自分自身の身体感覚で再構成されていることが大きなポイントになるのだと、私は考えています」。

 

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必要なのは、ソーシャル・コンダクター


 鈴木さんの考えるリーダーのイメージは、ソーシャル・プロデューサー、あるいはソーシャル・コンダクターだ。今の日本には、医学でも法律でも経済学でも、プロフェッショナルのクオリティは高いのに、リーダーやコンダクターが存在しない。それを育てるための教育システムがないことも大きな問題なのだと憂える。
 オーケストラに例えれば、各楽器の演奏者は一流でも、各自が違う曲を奏でればただの喧噪になってしまう。美しいハーモニーの成立には優秀な指揮者が必要なのであり、その育成に日本の未来への期待もかかっているのだ。
suzuki_5.jpg では、優れた指揮者に必要な能力とは何か。「それはすべての音を聞き分ける耳です。そして、これはリーダーの資質にも通じます。聞く、読む、話す、書くという4つのリテラシーのうち、幅広い分野において聞いて読めるところまでの力は必要でしょう」。医学論文を書くことは無理でも、とりあえず読んでどんなことが書いてあるかは分かる。生命科学のレクチャーを聴けばなんとなく理解できる。そんな能力がリーダーには要求されるのだ。
 さらに、コミュニケーションの引き出しを豊かに持つこと。国際的な一流オーケストラでは、多国籍のメンバーで構成されることも多い。そんな状況で何かを伝えるとき、フランス人にはワインの風味に例えれば分かりやすいかもしれないし、ドイツ人には理屈で説明するのが一番効果的かもしれない。「同じイメージを、いかに相手に伝わりやすいメタファーで説明できるか。優れた指揮者とは、そういう意味で言語や表現、比喩、例示のバリエーションを常に数多く持っているものなのです」。
 リーダーとは解けない問題を担当する係のようなものだ。係長で解ける問題は係長が解けばいい。そこで解けないものが課長、さらにその上へ上がっていく。総理大臣ともなれば、いわば難問専門だ。その解けない難問に対して責任を持って最善を尽くすことが、鈴木さんの考えるリーダー像でもある。「最近は、システム・ソリューションとか、結果責任などということを言い過ぎると思います。非常に流動的で不確実な状況では、結果に責任を持つなんて言えません。だから最善を尽くす。ベストエフォート。それが卒近代のリーダーにおける責任の考え方だと思います」。

 

<ディスカッションタイム>


ノーマルなマジョリティに行動させる難しさ

【塾生】
ご自身の経験を踏まえて、現代の日本における難問とは何だと思いますか?


【鈴木さん】
 人を自発させることの難しさでしょうか。持って生まれた自発性や創発性が、小中高と進むにつれ、同調圧力の中でその芽を摘まれ、つぶされてしまう。その結果あきらめてしまったおとなたちに、どう一歩を踏み出してもらうか。しらけている人、無関心な人をどうするのか。それは本当に難しいです。
 それと関連して、今の日本社会での問題は、ノーマルなマジョリティが見て見ぬふりをすることです。クレーマーを恐れる企業、モンスターペアレンツに怯える教育現場など、声の大きいマイノリティに振り回されて自分たちが損をしているのに、ノーマルなマジョリティは黙っている。その結果、日本の社会コストは高くついてしまっているのです。ノーマルな人たちに、小さくてもいいからいかに声を上げてもらうかは、まさに難問だと感じています。

 

官僚制度はコミュニケーション不全を解決できない

【塾生】
官僚制度の破綻は、社会背景の変化とどう関係があると思いますか?

【鈴木さん】
 GDPが増加すればよいという右肩上がりの時代には、大きく得する人と小さく得する人との差しかないので、いわゆる経済的なソリューションで対応できたのです。ところが、90年以降財政赤字になると、その原資がなくなり、それでは解決できなくなってしまった。一方で価値観は多様化してくる中で、ソリューションの本質は、アロケーション、すなわち割り当てや配分ということでななくて、コミュニケーションをどう成立させるかというところに移ってくるわけです。
 たとえば、いじめ問題は予算を倍にすれば半分に減らせるというものではありません。お金では解決しない問題をどうするかというときに、コミュニケーション不全を政治としてどう解決するのかが求められてきます。
 ガバメント・ソリューションが得意なのは、均質で形式的な平等を一挙に一方向に広めることでした。しかし、コミュニケーション不全に対しては、世の中にひとつしかない徹底したカスタマイズ・ソリューションが必要なのです。それは官僚システムが一番苦手なことなので、ガバメント・ソリューションでは解決できないのです。

 

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板挟みになったとき、教養が解決に導いてくれる

 

【塾生】
なぜあえて板挟みの状態に飛び込むのか、そして、それを克服するにはどんなことが必要なのでしょうか。


【鈴木さん】
 望んだわけではないですが、そこから逃げなかったとは言えると思います。逃げずに踏みとどまった理由は、板挟みとは逃げようとすると着いてくるものであり、自分から向き合わない限り止められないからです。そもそも人生は板挟みの連続だと捉え、縁あって出会った板挟みとしっかり付き合っていこうという感じでしょうか。板挟みで苦しいとき、ちょっと視点を変えて、今のこの体験は後で論文に活かせるなとか、いい講義ができるぞと思えば、逃げることはありません。
 逆に、それまでに学んだことが、板挟みの状況を冷静に分析するのに役立つこともあります。私は板挟みになるたびに、それまでに読んだ書物や先人の例を思い起こすことで、どんなソリューションを見出せるかという正のエネルギーに変えてきました。そういう意味で、教養や学問はみなさんが思っている以上に役に立つものだということを、ぜひ覚えておいて欲しいと思います。

 

<クロージングメッセージ>

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 「強い決意を持った市民の小さなグループが世界を変えられるということを、絶対に疑ってはならない。実際に変えてきたのはそれしかない」。これは、20世紀のアメリカを代表する文化人類学者マーガレット・ミードの言葉です。
幕末・維新の激動期で活躍する人間を多数輩出した松下村塾も、まったく無名の若者たちが徹底した熟議と学びと実践、試行錯誤を繰り返して、新しい時代を作り上げました。この福沢文明塾からも、強い決意を持ったみなさま方の創発が生まれることを願っています。

 

<編集後記>

官僚機構の問題点、難問への向き合い方など、第一線の現場で自らが体験したからこそ語れる言葉の数々は、非常に説得力のあるものだった。リーダーを目指す塾生たちにとって、「卒近代」という新しい時代を切り開いていくためのヒントをたくさん投げかけてくれた、実りの多い時間になった。

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