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福沢文明塾 コア・プログラム講義録

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第8期 コア・プログラム
ベーシック・ナレッジ
ピーク・パフォーマンスを目指すためには

講師:近藤 明彦
慶應義塾大学 体育研究所 教授
インタビュアー:羽田 功(慶應義塾大学 経済学部 教授)
ライター:永井 祐子
セッション開催日:2012年10月27日

今期のベーシック・ナレッジのテーマは「整える」。今回のセッションは、スポーツ心理学の専門家で、慶應義塾体育会競走部コーチの経験もある近藤明彦さんに、本番でピークのパフォーマンスを発揮するための、自分自身の「整え方」について語っていただいた。

 

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メンタルトレーニングで「あがる」状態を回避する

 

 スポーツ選手にとって、日々のトレーニングで鍛えた結果を本番で出せるかどうかは重要な問題だ。スポーツでは、技を磨く練習や稽古から体を鍛えるトレーニングをはじめに、調整を行うコンディショニング、ピークを合わせるピーキング、調子を上げるために練習量を落とすテーパリングなどを組み合わせることで、本番に向かっていくのだという。
 準備段階でチャージしたものを、いざというときに発揮できない要因としてありがちなのが、本番であがってしまうことだ。「あがってしまうのは誰にでもあることですが、自信がなくて失敗するかもしれないという気持ちがあると、よけいに緊張してうまくいきません。10回やって12回成功するぐらいのイメージが持てるほどの自信があれば、あがることなく実力を100%発揮できるものです。特に演技系の種目などは、その点がしっかりと準備できている必要があります」。
 スポーツの世界では、「あがった状態」を、Choking under the Pressure(プレッシャーで首を絞められて息が詰まってしまう)と表現するのだという。こういう状態に陥らないための対策として、いわゆるメンタルトレーニングが取り入れられている。
 今回はメンタルトレーニングの中でも基本として最初に取りあげられるリラクゼーション技法として「呼吸法」、「筋弛緩法」、「自律訓練法」の三つの技法についてお話を伺った。


呼吸によって気持ちを落ち着かせる

 

 具体的な方法としては、まず呼吸法が挙げられる。一般に人間は緊張すると胸式呼吸になり、呼気が浅くなりがちだ。こういうとき、意識して大きくゆっくり息を吐くと気持ちを安らげることができる。「よく体操の選手が、演技を始める前にふーっと深呼吸していますよね。あれは、まさに自分の興奮状態を抑えるために行っているのです。また両手をY字に上げることは、胸骨を開く効果もあります」。このように深呼吸をすることにより自律神経系に影響が及び心拍数が減少するなど落ち着きを取り戻す効果があることを指摘された。また、反対に気合いを入れたいときは、同じ深呼吸でも大きく吸ってから下腹部に(丹田)に力を入れて「ハッ!、ハッ!、ハッー!」息を三回に分けて強く吐くのが有効なのだそうだ。
 禅の修行法として知られる座禅にも、呼吸法が取り入れられている。静かに座って呼吸を整えながら、息を吐くと同時に頭の上から下に水滴が落ちていく様子を瞑想する。こうしたイメージを持つことは、他のことを考えずに無我の境地に入れるという効果がある。禅やヨガといった東洋の心身に対する東洋の修練の技法を欧米のスポーツ心理学者が取り入れているのだそうだ。


弛緩状態を体得し、過緊張を防ぐ

 

kondo_2.jpg そもそも緊張状態とは心と体が関係しているのであって、心が緊張しているから体も緊張するのだ。緊張して体がこわばっているときというのは、自分が意図的に命令を出さないにも関わらず筋肉が勝手に収縮している状態である。
 人が活動するには、その活動を推進するための緊張を必要とする。しがって、緊張すること自体は悪いことではない。問題となるのは、過度に緊張してしまうことにある。過緊張は、大事な場面において自己コントロールを阻害する要因となるため、これを取り除くために緊張状態を弛緩させること、すなわち、リラクゼーションが必要となる。人は筋を収縮させることと、収縮を止めることは出来ても、筋を緩ませるといった命令を下すことは難しいということだ。ここで重要なのは、「自らが筋の収縮を(緊張)をコントロールして自己弛緩できるようになる」ということだ。自分自身の身体に注意を向け、自らの主体的努力によってその部位を緊張させ、そして弛緩させていくという過程を理解し、実際にその行為を伴う体験をする。これを繰り返すことで、気持ちの切り替えができるようになる。
 自己弛緩を体験する方法のひとつとして、アメリカの医学者エドモンド・ジェイコブソンによって開発された漸進的弛緩法というのがある。これは、緊張した状態と弛緩した状態を自覚するという訓練法で、身体的側面からリラクゼーションを目指すという手法だ。たとえば、こぶしをギュッと握りしめ5つ数え、その後緩める。そして、握りしめたときと緩めたときとの、感覚の違いを確かめる。その差を感じ取ることによって、自らがリラックスしているときの状態を自覚する。これを身体の各部位で行うことにより、無意識に筋肉に生じた緊張を、意識的に弛緩させてリラックスする技法を体得しようというものだ。


自己暗示でリラックスする状態を作る

 

 また別の方法としては、ドイツの精神科医シュルツが開発した自律訓練法というものがある。これは、先ほどの漸進的弛緩法とは反対に、心理的側面から心身のリラクゼーションをもたらす技法だ。
 眠くなると体温が上がるというのはよく知られているが、人間はリラックスしているときには体が温かくなる特徴がある。そこで、目を閉じて自分の手の先などに神経を集中し、その両手が重たくなり、手の先が温かくなるようにイメージをする。このとき、それをコントロールしている自分の頭の中は、常にクリアであるというイメージを持つことが重要だ。こうした自己暗示の訓練により、筋肉と心をリラックスさせることができるようになる。日本では先の呼吸法、漸進的筋弛緩法とこの自律訓練法を組み合わせたリラクゼーション技法を用いることが多いそうだ。

 「ストレスを抱えていたり、頭の中に不安材料がたくさんあって眠れなかったりするときなども、こうしたリラックス法を行ってみるといいでしょう。呼吸法を少し意識するだけでも、精神的に楽になるということは、絶対にあります」。顔が緊張していたら、自分の手でおでこや目の回りをマッサージするだけでも、ずいぶん違うのだという。
 「自己暗示という意味では、たとえばトイレに行ったときに自分の不安もいっしょに流してしまうとイメージするのも一案です。これらの手法を使ってリラックスすることで、自分にとってちょうどいいパフォーマンスを出せる手助けとなるはずです」。
 また、人の前に立つと、頭が真っ白になって何も目に入らなくなるということもある。「緊張状態ではイメージから色が抜けてモノクロの世界になると言われています。そういうときは、面接官のネクタイとか客席にいる人の洋服など、色を意識して見ると落ち着くことができます。」といった日頃に役立つ蘊蓄も紹介して下さった。

 メンタルの領域はサイエンスだけでは解明不明なところもあるため、どの方法がいいとか悪いとか一概には言えないものでもある。「自分の心の中をどのように整理するかは、自分なりの流儀があっていいのです。いろいろな訓練法に取り組んでみることで、自分で自分を調整していく術を身に付けることが、何よりも大切だと思います」。

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質疑応答

 

【塾生】
テンションが上がらないときに、自らを奮い立たせる方法を教えてください。

 

【近藤さん】
リラクゼーションとは反対に、意識的に緊張や興奮を高めることを、サイキングアップ(psyching up)といいます。スポーツでいうと、バスケットボールの練習でロックのBGMをかけて気分を上げたり、試合前に円陣を組んで志気を高めたりするような例があります。このような、音楽やセレモニー的要素をうまく活用することを自分なりに工夫して、モチベーションをアップさせるのもひとつの方法です。

 

 

【塾生】
職場で鬱状態の人がいた場合、周りはどうサポートすればいいのでしょうか?

 

【近藤さん】
抑鬱状態、活気が落ちている状態は、早めに解決してあげないと疲労困憊してしまう危険があります。職場の場合なら、パワハラ、セクハラ、過大な仕事量、対人関係やプライベートなど、その人のストレッサーをどうなくしていくかといったことを含めて、ソーシャルサポートの仕組みを取り入れることも必要です。ゆっくり休めれば一番いいのですが、それもなかなか難しい場合も多いしょう。ストレスはためこむと悪化するので、せめて、どこかで自分の気持ちを吐き出すことも必要です。心理的サポートをする相談室を設ける企業も出てきていますが、周りの人が話を聞いてあげるだけでも、ずいぶん違うのではないでしょうか。

 

 

【塾生】
今日教えていただいたようなリラクゼーション方法は、ストレスへの対処としても使えるでしょうか?

 

【近藤さん】
ストレスの問題に対処するには、その原因となっているストレッサーを取り除くことや、認知行動療法的なものなどいくつかの方法があります。リラクゼーション法も、そうしたいくつかの方法のひとつにはなり得るでしょう。緊張状態で固くなっている体や心を、呼吸法や漸進的弛緩法でほぐしてやると、瞬間的には気分が開放されて楽になるだろうし、これをうまく取り入れて、質の良い睡眠につなげたりする効果はあると思われます。

 

 

【塾生】
ピークの状態というのは、維持できるものなのでしょうか?

 

【近藤さん】
スポーツのように体力を使う場合には、上がって落ちるという波が必ずあるので、ピークを本番にぴったり合わせるピーキングという調整が絶対に必要です。そのために、たとえば私がコーチをしていたときは、1週目はひたすら走り込む、2週目は練習の質を高める、3週目は練習量を落として疲労をなくし、本番に備えるというように3週サイクルで波を作ってkondo_4.jpgいました。

しかし、頭を使う場合には、こういった意味でのピーキングとはあまり関係がないかもしれません。ただし、いっぱいいっぱいの状態ではせっかく蓄えた実力を発揮できなくなる恐れがあるので、多少は余裕を持てるようにしておくのがいいでしょう。本番で自分の本来の実力を発揮するには、100%フルではなく、7、8割ぐらいの状態がベストだと思います。7、8割でも通用するようにするには、日頃から自分という器を広げる努力が必要となります。今後みなさんはいろんなことにチャレンジしていくと思いますが、常に自分の能力のキャパシティを広げていくことを目指してほしいと思います。

 

塾生の声(塾生コミュニティサイトより抜粋)

幼少時代からスポーツ漬けで過ごしてきた自分の経験から学んだことは、身体のリラクセーションは、練習すればするほどうまくなるということと、身体をコントロールする方法が分かれば、心のコントロールもできるようになり、同時にまわりの「流れ」を感じ取る余裕が生まれるということです。(30代 男性 社会人)

リラックスすることの大切さについては、社会人になってからは自分なりに注意をしてきたつもりでしたが、今回初めて体系的に学ばせていただきました。ここぞというときに自分の最高のパフォーマンスを出すことができるように訓練することは、スポーツの世界だけではなくビジネスの世界でも、本当に大切だと思いました。休息の取り方の工夫をしていきたいです。(30代 女性 社会人)

 

編集後記

自らをリラックスした状態に持って行けるコントロール法を身に付けておくことは、実力を蓄えておくことと同じぐらい、本番での自信につながるのだろう。今回のセッションでは、リラクゼーション技法の理論を教わった後、実際に試してみるという実技の時間も設けられた。この体験を活かして日頃から訓練を積んでおけば、今後幾度となく直面するであろう緊張した場面で、きっと役立つに違いない。

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