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福沢文明塾 コア・プログラム講義録

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第8期 コア・プログラム
ストラテジック・リーダーシップ
跡取り娘の継承と変革

講師:石渡 美奈
ホッピービバレッジ株式会社 代表取締役社長
インタビュアー:田村 次朗(慶應義塾大学 法学部 教授)
ライター:永井 祐子
セッション開催日:2012年11月1日

関東を中心とする大衆居酒屋で古くから愛され続けているホッピー。そのホッピーを製造販売しているホッピービバレッジは、創業104年という老舗企業である。2010年に同社の3代目社長に就任したのが、創業社長の孫である石渡美奈さんだ。歴史ある家業の跡取りという立場から、「継承するものと変革するもの」についてのお話を伺った。

 

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本質は変えてはいけない


 2代目社長のひとりっ子として生まれた石渡さんだが、大学卒業後はいったん他社に就職し、同社に入社したのは29歳のときだった。「私自身は元々ホッピーという製品にも興味がなかったし、家業を継ぐ気はなかったんです。でも、1995年に先代社長がビール製造免許を取得したことで、ビールづくりならやってみたいと思い入社を決めました」。ちょうどその頃、仕事のおもしろさを感じ始め、一生働き続けたいと考えるようになっていたことも、その決断の一因だったという。
 入社後、自分のような若い女性層に訴える商品づくりを目指した石渡さんは、市場調査で集めた声を取り入れた「ホッピーハイ」という新商品を企画し、発売した。ホッピーを焼酎で割ったものをスタイリッシュなデザインで売り出した商品だったが、期待に反して売上は低迷。約1000万円もかけた経費をほとんど回収できないという結果に終わった。
 敗因は、あまりにも急にスタイリッシュなものに変えてしまったために、ホッピーならでのブランド価値がお客様に伝わらなかったことにあったと、石渡さんは分析している。
 「この失敗で私が学んだのは、『変えてはいけないものがある』ということでした。それは『天然ものへのこだわり』『お客様に自信を持ってお売りできる製品づくり』など、創業者である祖父の理念です」。
 ラムネ屋から創業し、ホッピーという商品を作り出した祖父は、「絶対にまがいものは使わない、原材料も製法も嘘をついてはいけない」という信念を持っていた。発売以来65年間、ずっとそれを守ってきたのだのがホッピーなのだ。「社会のお役に立つためには、絶対に誠実、堅実であらねばならない。初代、先代の社長がそこに忠実に向き合ってきた結果が100年という歴史につながってきたのだということにも気づきました」。そして、ホッピーの本質的な価値に気づかないまま小手先だけを変えても、それは変革とは言えないのだということに思い至ったという。「そのときどきの市場に合わせて、表現や見せ方、どこにフォーカスを当てるかなどは変えていく必要がありますが、本質は絶対に変えてはいけない、継承すべきものだということです。」

 

変革すべきは、組織と人材育成


ishiwatari_02.jpg 一方で、老舗企業のあるべき姿とは、歴史は古いが経営は最新であることなのだという。これは、ある和菓子の老舗会社社長の「伝統とは革新の連続である」という教えから学んだことだ。すなわち、変えてはいけない継承すべきものと、革新していくもの、このふたつが両輪となって、事業承継の究極のテーマである永続性を支えているのだと現在の石渡さんは捉えている。
 では、同社における変えるべきもの、革新とは何か。その答えは、社員教育だった。ヒントになったのは、2代目社長である父のアドバイスだ。「いつかあなたが第三創業を立ち上げる日のために、心を共にして一緒にやってくれる社員を育てなさい。自分のやりやすいように組織を変えて行きなさい」。その言葉を受け、「人財」と「組織」にフォーカスを当てていくことを、石渡さんは決意する。
 「吹けば飛ぶような中小企業ではあるけれども、オンリーワンを目指して、弊社でなければできないものを提供できる、そんな小さいながらキラっと光る会社になるためには、社員を育てること以外に方法はないと思いました」。
 2003年に副社長に就任後、次第に社内改革を進め、2006年からは創立以来初という新卒採用を開始した。入社後3年目までを教育期間と捉え、その間に社会人としての基本を徹底して教え込む。「人は一流になるまでに、1万時間という時間と10年間という期間が必要だと言われています。1日10時間とすると、3年間で1万時間ちょっとになります。ですからその期間は、手取足取り、まさに千本ノック状態でティーチング、コーチングを行います。そして4年目以後は、社長と社員が共に育つ『共育』の段階へと移っていくと考えています」。
 同社の社員数は現在約50名。その平均勤続年数は5.6年、平均年齢は31歳と非常に若い。石渡さんのさまざまな改革の結果、古い社員が去り、積極的に新卒採用を進めてきた結果だ。「弊社は、歴史はあるけれど内情は起業したてのような、いわば老舗ベンチャーなのです」。
 そんな同社における社員教育システムは、一人ひとりを大切にしたマネジメントを行っているのが特長だ。社長自ら全社員と個別に面談を行うことに加え、研修プログラムを外注に丸投げすることなく、石渡さんの理念を理解してくれるトレーナーと相談しながら内製化している。研修期間中はトレーナーと綿密に連絡を取りながら、社内で実際に起きている事象を反映したメニューを組み込んでもらう。人が変われば必要な指導も変わるという考えから、前年度のプログラムをそのまま流用することはなく、かつ、同じ年でも一人ひとり研修の内容が違うのだという。「うちにしかできない、私がトップにいるからこそできること、それは人財を大切にしたマネジメントだと思っています」。

 

MBAで経営論を学んで得た大きな収穫


 こうしたさまざまな変革の結果、レトロブーム、健康志向などの追い風もあり、売上は大きな伸長を続けた。そんな中、2008年、石渡さんは早稲田大学の大学院に進むことを決意する。「入社以来そこまで、ほぼ直感だけで突き進んできました。初期の改革が一段落したことで階段の踊り場に来たような閉塞感を感じ、私はここからどこへ行くのだろうと考えるようになりました。そんなときに、ある人から『ここまでで得た経験値を、理論で紐解いてみたらどうか』と勧められたのです」。
 副社長業と学生との両立はハードな毎日だったが、そこでの2年間の学びから得たものは大きかったという。「先生のお話一つひとつや、研究を進める過程のいろいろな場面で、今まで現場で体験してきたことと結びついて腑に落ちることがたくさんありました。あのとき、ああいう現象が起きたのはこういう理由だったのか、だからあのときこういう結果になったのか、ということが分かって、まさに目から鱗が落ちる思いでした」。
 会社の方では、順調に伸びていた売上が2010年5月に突然15%のダウンを記録するなど、陰りを見せ始めていた。自社の経営を研究テーマにしていた石渡さんは、教授に薦められて目を通した先行研究から、解決のヒントを見い出す。それは、1978年にラリー・E・グレイナ-という学者が発表した『組織成長のフシ』という論文だった。
 「組織も人も、竹のように成長期とフシ(変動期)を繰り返しながら成長していくというものです。グレイナーは企業の成長を5段階に分けて解説しているのですが、弊社の場合、まさにその第1段階から第2段階に移行するときのフシ(変動期)にあるということに気がついたのです」。
 企業の創世期には社員同士で頻繁に話し合いながら問題解決に当たっていたのが、成長して社員が増えてくると、それではコミュニケーションが立ち行かなくなってくる。そのときに必要となるのはリーダーシップだ。それが欠けて低迷に陥る「リーダーシップの危機」こそ、ホッピービバレッジが直面している問題だと思い当たったという。
ishiwatari_04.jpg 「新卒採用を重ねて組織の人数が増えてくると、私ひとりの声では全員に届かなくなってきていたのです。私と社員をつなぐリーダークラスの社員が必要だということを痛感しました」。
 こうした分析のもと、現在はリーダーマネージメントチームを育成するなど組織の改編を進めている。「今は、第三創業の立ち上げにあたっての大きな変革期を迎えています。ここを乗り越えるには、今まで常識だと思っていた認識や思想、やり方を変えることが必要です。今はまさに、これを劇的に変化させるパラダイムシフトに取り組んでいるところです」。
 今後、ホッピービバレッジが継承と変革を進めていく上でどんな人財を求めているのか。それは素直さと謙虚さだという。「素直さとは、すべてに学ぶ心です。世の中には理不尽なこともたくさんあるけれど、すべてに学ぶ心があれば、恨んだりすることはありません。謙虚さとは、自分は何も知らないのだという姿勢です。自分が何かを知っていると思うと自分の限界を作ってしまうのです。無知の知こそが、個人の限界を取り払い無限の可能性を持った世界に連れて行ってくれるものだと信じています」。

 

質疑応答

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【塾生】
社長として、女性であることが強みになったり、女性で良かったと思ったりすることはありましたか?


【石渡さん】
この業界は圧倒的に男性社長が多いので、女性だというだけで目立つことは確かで、覚えてもらいやすいというメリットはあります。まわりが男性ばかりだと、なんだかんだ優しくしてもらえたりすることもあります。ただ、一方でやはりビジネスの世界は男性社会なのだと感じているのも事実です。女性に分からない男性の論理のようなものが存在して、なんとなく疎外感を感じるところもあります。でも、私自身はあまり女性であることを意識せず、「女性だから」ではなく「石渡美奈だから」という強みを鍛えていきたいと考えています。

 

 

【塾生】
新卒採用した社員から学んだことはありますか?

 

【石渡さん】
中途採用を含めて、私は彼らから教わることばかりです。この辺で壁にぶち当たるなとか、ここまでできれば乗り越えられるなとか、あるいは、こういう声のかけ方をしたら通じなかったけれど、こういう言葉で伝えたら心を開いてくれたとか。きれい事ではなく、具体例に事欠かないほど毎日たくさんのことを、日々私の方が学んでいると感じています。

 

 

【塾生】
自分が生きていることの意味と、仕事との関連についてはどう感じていますか?

 

【石渡さん】
私にとっては、ホッピーの跡取りに生まれてきたことは大きな意味のあることで、ありがたいことだし、必死になってやらないと申し訳ないと思っています。入社前に、3つの会社で7年間OL生活をしていましたが、その頃と比べると今の仕事は責任も重く、比べものにならないぐらい『ご充実様な毎日』です。それでも、自分が何者か分からなかったときの方がずっと苦しかったし、自分がこの仕事を継いで一生続けていこうと決心したときの、目の前がぱーんと開けたような感覚、まさに自分の足と大地の鼓動がピッタリあったような体感覚は今もはっきりと覚えています。どんな人にも、生まれてきた意味というのは絶対にあって、真剣に探して行けばきっとそれは見つかります。いろいろな積み重ねがある日花開く、そんな日が必ずあると私は信じています。

 

クロージングメッセージ

 

ishiwatari_05.jpg  3.11後の大混乱の中、経営者として私がぶれずにいられたのは、大学院での学びがあったからだと思っています。そこから得た知見で、これから先のビジネスモデルを描くことができていたので、本質的なものは何も変わることはありませんでした。中小企業の世界ではMBA不要論も根強いのが現状ですが、私は、中小企業の社長こそ、もっと勉強するべきだと思います。私の場合は、先に実践があり、後から理論を学びましたが、どちらから先に入ろうが、大切なのは知行合一です。理論と実践の両方があれば、より生き生きとした夢や希望を描けるはずです。そして、とにかく今この瞬間の1分1秒を生き抜くこと。その積み重ねが何百年と事業継承にもつながっていくのだと思っています。

 

 

 

 

塾生の振り返りより(コミュニティサイトより抜粋)

 

  石渡さんはとてもかっこいい女性でした。それは、言行一致していて、言っていることとやっていることが首尾一貫しているからだと気づきました。自分はこう思う、だからこれをやっている、ということがきちんと言え、できるような人になりたいと思いました。(20代 女性 学生)

 

  特に印象に残っているのは、「会社を継ぐと心に決めたとき、ぱぁっと世界が広がった」という言葉です。これは、きっと石渡さんが『使命』を掴み取った瞬間だったのだろうと思います。それからの石渡さんの活躍を見ると、使命に巡り合えた(掴み取れた)人がどれだけの人を幸せにする力を持ちうるかということを実感せざるを得ませんでした。(30代 女性 社会人)

 

編集後記

 

  自ら「新米社長」と名乗り、自らの失敗経験も交えながら、飾らずに語る石渡さん。塾生の質問一つひとつに真摯に向き合う姿も印象的だった。ハキハキとした語り口で語られる言葉は、塾生の心にストレートに響いたに違いない。セッション終了後はホッピーを囲んでの懇親会も開かれ、全力で走り続ける経営者の素顔に触れる貴重な経験となったことだろう。

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