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第8期コア・プログラム
ストラテジック・リーダーシップ
風の起こし方

講師:樫野 孝人
神戸リメイクプロジェクト代表、広島県広報統括責任者
(http://www.kashino.net/)

インタビュアー:本間 浩一(福澤諭吉記念文明塾 ディレクター)
ライター:永井 祐子
セッション開催日:2012年10月18日

ここ数年、政権交代や相次ぐ新党の結成、改革派の地方首長の躍進などにより、政治や選挙への関心が高まっている。今回お招きしたのは、IT企業社長などの経験を経て、行政や政界へとその活躍の場を移している樫野孝人さんだ。神戸市長選挙への立候補、また広島県広報総括官としての体験を元にした「風の起こし方」をテーマに、私たちは政治とどう関わっていくべきなのか、熱い討論が繰り広げられた。

 

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ヒットを積み重ねる「わらしべ長者」型と、1を100に広げる「ウイルス」型


 高校生の頃から政治家になる夢を抱いていたという樫野さんは、40歳での政界入りを目指し、まずは20年間ビジネスの世界で力を付けていくという道を選んだ。一般企業に就職し、映画プロデューサー、IT企業の社長などを経て、46歳のときに会社を辞め、神戸市長選挙に立候補。現職を相手に善戦するも惜敗したのが2009年のことだ。その後は神戸リメイクプロジェクトなどの地域活動を続けるかたわら、広島県知事の要請を受け広島県広報総括監に就任し、前職での経験と人脈を活かしたさまざまなプロモーションや改革を成功させている。
 広島県での仕事では、樫野さんの斬新な手法に対して保守的な気風の強い職員たちからの反発もあった。しかし、知事から直接大きな権限を与えられたことに加え、役所のチラシをリニューアルすることなどから始まって、小さなヒットを一つひとつ積み重ねながら周囲の信用を獲得したことが、大きな成功につながったという。このように、何もないところから作り上げていく風の起こし方を、樫野さんは「わらしべ長者型」と呼ぶ。
 これに対し、1つの成功事例が短期間で普及していくのが「ウイルス型」だ。たとえば、全国初の民間校長として話題になった藤原和博さんの行なった教育改革は、これに注目した橋下知事(当時)に請われて大阪府の特別顧問となり実施した実験校で成果を上げ、その後200校以上に導入されることになった。「行政は、民間以上に真似をするのが好きなので、1つ成功事例を作るとあっという間に広がっていきます。ウイルス型はまさに日本的な改革の仕方と言えるかもしれません」。

 

地方首長という立場から、日本を変えていく


 神戸市長選に出馬した樫野さんに対し、周囲の人からは「地方行政の経験を積んで、いずれは国会議員になるのか」という声もある。しかし、樫野さんは「まったくその気はない」と断言する。
 国会議員は与党に属していないと何も決められないばかりか、与党内でもある程度のポジションに就かないと決定権はない。一方、地方自治においては、首長と議会は同じ権限を持つことになっているが、実際には首長の権限の方が圧倒的に大きいのが現状だ。首長が考えた施策が原案通りに議会を通過する割合は99%以上と、ほぼ素通り状態なのだという。すなわち、知事や首長はその自治体の社長のような存在だと言える。「現在、20の政令指定都市と東京との人口を合計すると、日本全体の約3割になる。「今、国政の停滞が叫ばれていますが、これらの政令指定都市に改革派の市長が就き、東京都と20の政令都市が改革出来れば、日本の3割は改革できるのです。政治は国会議員だけが行なっているわけではなく、地域の首長から改革を進めていくことで、日本をあっという間に変えていける可能性もあると、私は考えているのです」。

 

ディスカッション

【塾生】kashino_3.jpg
神戸市長選挙でも投票率が低かったようですが、国民の政治への関心を高めるにはどうしたらいいのでしょうか? 中長期的な構想を聞かせてください。

 

【樫野さん】
市長選挙の例でいうと、たとえば統一地方選挙や国政選挙と同日の選挙であれば、5割、6割は行くでしょう。そうした日程設定上の問題が大きいのも事実です。あるいは、投票をすると税金が安くなるなど、何かしらのメリットがある仕組みを導入すれば、必ず投票率は上がると思います。

雨後の竹の子のようにいろいろな人たちが政治に入ってきている今の状況は、ある意味2000年頃のIT業界と非常に似ていると私は感じています。その後IT業界が淘汰されてきたように、政治の世界も、この混沌とした中でいい人は残っていくのだと思います。最近は今まで以上に政治のことをテレビ番組でも取り上げるようになっていて、政治への国民の関心は高まってきています。ですから、今はまだ多少過渡期ではありますが、いずれは本物の政治家が出てきて、全体的な投票率も上がってくるのではないかと期待しています。

また、何かのきっかけで一度選挙に参加して知り合いが増えると、行ってみよう、見てみようという人が必ず増えてきます。実際、私が選挙後の3年間に地元で種を蒔いてきたことで、今までまったく政治に関心のなかった人たちが、神戸市議会に傍聴に行ったり、人を集めてミニ集会を開いたりということが起きています。こうした草の根の運動を地道に続けていくという方法論もあるのではないでしょうか。

 

【塾生】
選挙のとき、本当のことを言っている人、実現できる人を候補者の中から見分ける目を持つにはどうしたらいいのでしょうか?

 

【樫野さん】
それは数を見て行くことが一番でしょう。たくさんの政治家を見て、そこで起こったことを実証して、その結果をフィードバックしていく。それに尽きると思います。たとえば、議会を傍聴してみると、この人はダメ、この人には任せたいというのがハッキリと分かるものです。最近はわざわざ平日の昼間に時間を空けて議会まで行かなくても、インターネットで録画中継を見られるところも出てきています。ぜひ、そういうものを見てみるといいと思います。

 

 

【塾生】
政治家を見極めるために情報を集めようとしても、本当に欲しい情報にたどりつけなかったり、情報が多すぎて分かりにくかったり、専門知識が不足していて判断できなかったりするのですが。

 

【樫野さん】
さまざまな問題について、専門的なことを一人ひとりが勉強するのは大変です。ですから、それを議員に代わりにやってもらう、つまり、勉強と意思決定を、私たちは選挙時の一票に委ねているわけです。では、誰に委ねたらいいのか。個々の案件に対して賛成か反対かという基準ももちろん有りだけれども、一つひとつの事案に対する情報を私たち自身が取りすぎても、逆に見えなくなってしまう面もあると思います。それに、今アジェンダとされている問題が10個あったとしても、それ以外の問題で決断を迫られるケースが出てくるかもしれません。原発事故のように、想定外の問題が起きることがあるからです。ですから、どんな状況になってもこの人の判断に任せたいと思える人を選ぶのが、選挙なのではないでしょうか。

 

 

【塾生】
実際に体験してみて、選挙のおもしろさとはどういうところですか?

 

【樫野さん】
一番感動したのは、自分に賛同したボランティアや支持者の方が集まってきてくれて、小さな輪がどんどん大きくなっていく、そのうねりのようなものを感じたことです。最初は駅に立ってしゃべっていても無視され、素通りされていたのが、選挙カーで走っていると、わざわざベランダに出てきて手を振ってくれたり、「がんばってね」と声を掛けてくれたりするようになり、「街が動いている」「変わって行く」という空気を強く感じました。

結果的には負けてしまったけれど、終わってから街を歩いていると「がんばってくれてありがとう」「次も絶対出てね」と言ってくれる人がいます。元々は自分が「市長になりたい」と思って始めたことですが、今では、あれだけたくさんの人が投票してくれたその期待に応えなくてはならない、この人たちのためにやらなくてはいけないという使命感が強くなっています。選挙を通して、なんとかこの街を変えて、みんなに喜んでもらわなくてはいけないという思いが大きくなりました。選挙の経験は、私にとって、本当に人生で一番大きな出来事だったと思います。

 

 

kashino_4.jpg【塾生】
実家に帰るたびに、街が衰退していくのを感じています。自分の力でなんとかしたいと思うのですが、多くの人が「変える」ことをあきらめている状況です。人々の持っている潜在力を引き出す起爆剤はなんでしょうか

 

【樫野さん】
それは、情熱でしょう。みんな楽しい方がいいし、豊かに暮らしたい。変えたいという思いはあっても、現状はどうしても抜けきれないものに縛られています。自分が神戸で運動を始めたときも、変えたいという思いはあっても、仕事や補助金をもらっているなど神戸市役所にお世話になっていると、それを失うことを恐れて立ち上がれずにいるという人がたくさんいました。

そうした状況を変えるには、誰かが、湿気た街に一度火を付ける必要があるのです。一度火がつけば、協力しようという人が必ず出てきて、それがじわじわと広がり、最初は陰で応援してくれていた人が堂々と動いてくれるようになります。とにかく、最初の火がつくまでやり続ける、その熱意しかないのだと思います。

 

 

【塾生】
これからの時代には、クリエイティビティを持ったフォワードとなれる人材が、政治や行政の世界にも必要だと思います。そのためには何が必要でしょうか?

 

【樫野さん】
私は、民間の人にどんどん入ってもらいたいと思っています。しかし、現実問題として、公務員の給料は安いし、オフィスも汚くて労働環境は劣悪で、待遇だけで考えたら魅力がありません。これではいい人材が流れ込むのはむずかしいので、優秀な人に高い報酬を払っていい仕事をしてもらえるように、人事の仕組みを変える必要があるのではないでしょうか。そうすれば、積極的に国や街のために何かをしようという人が、もう少し増えてくるのではないかと思います。

 

 

【塾生】
自分たち若い世代が今後世の中に出ていく上で、どんなことを身に付ければいいと思われますか?

 

【樫野さん】
ひとつはネットワーク、人脈です。すべての新しい情報は人々の頭の中にあるのであって、本やメディアに載った情報は遅いのです。いかに優れた人的ネットワークを構築できるか。もうひとつは、仕事の数をこなすこと。量は質を産むと言いますが、場数を踏むことでクオリティが上がり、見えてくる新しい世界があるものです。頭で考えているだけでなく、とにかく自分で実践する数を増やしていくことを心がけて欲しいと思います。

 

 

樫野さんからのメッセージ

 

kashino_5.jpg私の夢は、「政治家」を子どもたちの人気職種にすることです。子どもたちが憧れるような職業になれば、いい人材も増えて、ひいては政治の世界も変わってくるはずです。そのためには、まず自分がモデルケースにならなくてはなりません。「僕は樫野のようになりたい」「私は橋下さんのようになりたい」というように、モデルケースはたくさんあるほどいいので、私は自分の信念を貫いてやっていきたいと思っています。

今、日本には改革派の首長が増えているので、5年10年というスパンで考えれば、日本は良い方向に向かっていくと信じています。みなさんには、それを傍らから見ているのではなく、ぜひ当事者となって参画してほしい。将来年をとったときに「ああ日本はいい国になった、それはあのとき自分たちが立ち上がったからだ」と言えたらすばらしいと思います。今日、この場を共に過ごしたことがきっかけとなって、みなさんの中から政治家になってもいいかなと思う人が1人でも増えたらとてもうれしいです。いつか、政治家になったみなさんと出会えたら、これ以上すばらしいことはないと思っています。

 

 

塾生の感想(コミュニティサイトより抜粋)

 

「『政治と国民のレベルは一緒』。これは今の日本を表すのにふさわしい言葉だと思ってしまいました。同時に、悔しいという思いもあります。私が日本をよくしたいと思う理由にも、日本が大好きだからという理由の他に、これからの日本の先行きは暗いと言われると、悔しい、若い世代が何とかしてやるという反逆心があるからです。この反逆心は、一番の原動力になり、成長のチャンスだと思います。この悔しいという思いを忘れないようにしようと思いました」(20代 女性 学生)

 

「樫野さんのお話を聞いているうちに、地方の首長の可能性にわくわくしてきました。特に、TOP20の首長の意識を変えることができれば、30%以上の日本人を変えることができ、そうして日本を変えていくことができるという発想は、私の中で実現可能なこととしてビジョンが見えました。Nippon20(N20)とでも言いましょうか、日本の首長のサミットを開催しているイメージが沸いてきました」(30代 女性 社会人)

 

編集後記

 

事前課題での「政治家になりたいと思うか?」という問いに対しては、政治家へのネガティブイメージによる否定的な回答が多かった。しかし、今回のセッションで国政と地方自治との違いを知り、「地方から国を変えていく」という可能性に気づかされたことで、今までは遠い存在だった政治を、より身近に感じるようになったようだ。樫野さんの情熱あふれる語り口に誘われ、自分たちの力で街や国を変えていくことへの希望を見出したかのように、積極的な議論が盛り上がっていったのが印象的だった。

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次回予告

  • 第17期コア・プログラム
    ストラテジック・リーダーシップ
    「観光先進国日本の進むべき道」

    伊達美和子
    (森トラスト株式会社 代表取締役社長)

  • 第17期コア・プログラム
    ストラテジック・リーダーシップ
    「不確実な時代におけるリーダーシップ」

    鈴木健一郎
    (鈴与株式会社 代表取締役社長)

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