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福沢文明塾 コア・プログラム講義録

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第6期コア・プログラム
ストラテジック・リーダーシップ「先導者のかたち」

講師:竹中平蔵
(慶應義塾大学 総合政策学部 教授・グローバルセキュリティ研究所 所長)
インタビュアー:田村次朗(慶應義塾大学 法学部 教授・福澤文明塾 プログラム・コーディネーター)
ライター:永井祐子
セッション開催日:2011年9月29日

第6期受講生にとって、初日のガイダンスに続く2日目となった今回のセッションは、竹中平蔵さんを講師に迎えて行われた。幼少期からこれまでを振り返り、その間どのような志を抱き、どう歩んできたのか。そして政界を引退して大学に戻った今、若者に何を期待しているのか。福澤文明塾のプログラム・コーディネーターを勤める田村さんのインタビューに答える形で、さまざまなエピソードや名言の引用を交えながら語ってくれた。

 

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For the public

「私は、世の中をよくしたいという思いが若い頃からあって、『For the public』という言葉がとても好きだったんです」。大学進学に当たり経済学部を選んだのも「世の中をよくするには何を学べばよいのか」ということを考えた結果だったという。卒業後には、政府系の金融機関である日本開発銀行(現在の政策投資銀行)に入行。その根底にあったのも、やはり「世の中をよくしたい」という思いだ。
その後、ハーバード大学への留学を経て、大蔵省の研究所や国際経済研究所、大阪大学、ハーバード大学、慶應義塾大学での研究・教育に携わった竹中さんは、 1998年に小渕内閣の諮問会議である経済戦略会議のメンバーとなったことで、政界との関わりを持つようになる。そして、2001~2006年には、内閣の一員として小泉総理を支えることになった。

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小泉氏にみるリーダーの形

小泉氏とは1990年代初め頃に始めた勉強会に呼ばれて以来の付き合いだというが、間近で見た経験から、小泉氏が優れたリーダーであった理由として2つの点を挙げた。
まず何よりも「強力なパッションを持っていた」こと。「間近で見ていても、郵政民営化のためなら死んでもいい、という彼の言葉は本気だったと思います。自助自立の社会をつくるんだというパッションを持っていて、そのために、大きな政府の実態である郵政の民営化を、なんとしても実現したかったのです」。総理大臣になるのは、本来は何かをするための手段であるはずなのに、小泉氏以降の歴代総理は、何をしたいのかまったくわからないことが残念だと言う。
「パッションの塊」のような小泉氏は、同時に、絶対にはずせない重要ポイントを明確に理解していた。「政治であれ経営であれ、何かを実現しようとするとき、すべては細かいことの積み上げです。戦略は細部に宿る。これは皆さんも肝に銘じておいてください。小泉さんは、細かいことは一切言わないけれど、ポイ ントだと思うことについては、必ず『ここは大丈夫か』と聞いてきました。全体を詳しくわかっているからこそ、何がポイントかを理解できる。その点においても、小泉さんはすばらしいリーダーであったと思います」。

当たり前のことをやれば、日本はよくなる

小泉氏の引退と同時に、竹中さんも政界を退いた。その後、年月は流れ、現在の日本の政治は混迷を極めているように見える。今後、日本を立て直すためには何をすればいいのか?その問いへの答えは、「当たり前のことを普通にやる」ことなのだと言う。
「日本は、高度な技術や、金余りといわれるほどの資金、そして優秀な人材も持つすばらしい国です。しかし、あまりに恵まれすぎてるがために多くの人が危機感を持たず、静かに沈みつつある、それが今の日本の姿なのです」。
今回の大震災によって、原子力発電所の問題や電力不足が起こり、金融政策の失敗による円高という問題が生じている。「皆さんは、今後、相当厳しい状況向かうことになるでしょう。しかし、日本をよくするのは全然むずかしくないのです。健全な危機意識を持って、当たり前のことを当たり前にやればいい。ぜひ、みなさんにはそれを担う人材になってほしいと思います」。

質疑応答

各グループでのディスカッションタイムをはさみ、グループの代表者による質疑応答が行われた。

 

20110929_04.jpg【受講生】

自分の価値観は、何に影響を受けて、どのように形成されてきたと思いますか?

【竹中さん】
ひとつには、自分の親の姿があると思います。私の親は大学も出ていない普通の商売人でした。それでも、誰の助けも借りずに、私を含め3人の子どもを育てて東京の大学まで行かせてくれた両親を、私は誇りに思っています。あの頃は、自分の親だけでなく、そうやって日本を支えていた人がたくさんいて、それはとても健全な社会だと 思います。

この話を小泉さんにしたとき、彼は言いました。「自助自立。自ら助ける。そういう人がたくさんいればいるほど、本当の意味で助 けを必要としている人を助けることができる。どんな時代になってもどんな政権になっても、これが社会の基本だ」と。私もまったくその通りだと思います。厳しいけれど、これが私たちの社会の現実です。弱者に対して優しくしようとするなら、まずは自分が自立すること。これは、価値観の相違の問題ではなく、社会 を支える大原則として、小さい頃から社会全体で教えるべきだと、私は思います。

【受講生】
チャンスをつかむために、日頃から心がけていたこと、準備していたことなどがあったら教えてください。

【竹中さん】
大学卒業後、政策投資銀行からハーバード大学に留学し、帰国後は旧大蔵省に出向していました。そのとき、各方面からさまざまなオファーをもらって迷っていた 私に、恩師がくださったアドバイスは、「どの道を行くのが一番有利かではなくて、今君は何をやりたいか、それで選ぶのが一番良いのではないか」ということでした。

ある学生が、Fortune誌に載った100社のCEOを対象に「あなたはなぜ成功したと思うか」というアンケートを申し込んだ ところ、返ってきた回答で一番多かったのは「自分のやりたいことを職業にしたから」だったそうです。「自分がやりたいこと」を明確に持ち、それを常にまっすぐ追い求めることです。その結果、最後は夢破れたとしても、その人生はすばらしい。そういう割り切りがあれば、いろいろなチャンスがきたとき、迷うことなくそれを活かせるし、チャンスが来なくても腐ることはないと思います。

私が皆さんに言いたいのは、「人生は短いぞ」ということです。人生はあっという間に過ぎます。どうぞ、貴重な時間をムダにせず、迷うことなく、やりたいことをやってください。

20110929_05.jpg【受講生】

「日本をよくするためには、健全な危機感を持ち、普通のことをやればいい」というお話がありましたが、その健全な危機感を持つにはどうしたらいいでしょうか?

【竹中さん】
世界に出て、厳しい現実を自分の目で見ることです。今、日本では就職難だと言われるけれど、世界で最も入るのが難しいと言われる大学の一つである香港大学でも、そこを出てすぐ就職できるのは4割か5割。残りは皆、1~2年かけて自分の能力を磨きながら就職先を探しています。これが世界の普通の状況なのです。 大学を出たばかりの人間がそんなに簡単に雇ってもらえるわけがないのです。そういう意味では、今までの日本が異常だったとも言えます。これからは、自分自身で技を磨いて、自分の価値を塗り込めるような人材になることが必要なのです。

【受講生】
もし、今自分が20歳の若者だとしたら、何がやりたいですか?

【竹中さん】
2~3 年、中国かインドかブラジルに行きます。200年前、世界のGDPの1/3を中国が生み出していましたが、そのときアメリカはたったの1.8%でした。その後世界の景色は変わりましたが、今、中国のGDPは8%まで成長し、2030年では24%を占めるようになると言われています。このように世界の経済の地図が激動する時代に、皆さんは生きているんです。日本にいれば居心地はいいけれど、世界を知って自分でチャレンジするために、私だったらそうした国で何年か過ごして、その風と熱気を自分の肌で感じたいと思います。

【受講生】
政界を引退して大学に戻られましたが、今後はどんなことをやりたいですか?

【竹中さん】
私が大学に戻った理由のひとつは、グローバルな人材を育てたいと考えたからです。私は、日本にPolicy Watcher、Policy Intellectualを作りたい。たとえばアメリカでは、あるときはホワイトハウスにいる、あるときは研究所で政策を研究している、あるときは大学で教えている、というように、どこにいようが一貫して政策の専門家として活動をしている人がたくさんいます。しかし、日本にそんな人はほとんどいません。官僚は一生官僚として、終身雇用の中に組み込まれているのが現状です。

Policy Watcher、Policy Intellectualとなるためには、30代のうちに2年間でいいから、霞ヶ関か永田町に行って、その風に当たって来ることを私は勧めています。そして、戻ってきてさらに研究を深める。そうしないとPolicy Intellectualは生まれないでしょう。

竹中さんから受講生へのメッセージ

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震災を体験した今、私が伝えたいのは、この大震災をきっかけに、自分たちの社会の強さと弱さをもう1回見直し、改めて誇りを持って前に進もうということです。

日本は過去何度も大きな地震に見舞われ、私たちはその度に耐震構造を強化し、さまざまな予想システムを作ってきました。その結果、地震から3分後にすべての市町村に津波警報が出され、何十万人の人が逃げて助かりました。また、中越地震の教訓からシステムが強化された新幹線は、脱線事故が一件も起きませんでし た。2004年に同規模の地震がアジアで起きたときには、22万人もの人が亡くなっていますが、それとは違う対応が、日本ではなされたのだということで す。

それでも2万人が亡くなってしまったのは痛恨の極みだけれど、過去、私たちが営々と積み重ねてきた技術やノウハウは、今回も活かされていたのだということを、改めて認識することが大事です。反省すべき点は反省して、これまで地道に積み上げてきたように、今回もまた地道に積み上げていこうということです。

一方で、政府の対応が圧倒的に遅れたというネガティブな面もありました。それが、どれだけ被災地に大きな損害を与えたかを、国民はもっと怒るべきだと私は思います。

今年、日本は世界で最大の援助受け入れ国になります。この豊かな日本が、世界との絆で助けてもらって成り立っているのです。それに応えるには、日本はこんな立派に復興したということを誇りを持って示すことだと思います。

若い皆さんには、今の局面で自分は何ができるか、自分はどう生きるべきか、短い人生をどう生きるかを、本気で考えてほしいのです。私も自分にできることをやっていくつもりなので、皆さんも、ぜひ、一生懸命がんばっていただきたいと思います。

セッション後の、受講生の「振り返り」より(受講生コミュニティサイトより抜粋)

  • データや本からの引用の正確性、発言の趣旨など、後に確認・修正が入るようなinteviewではなく、枝葉を取り除いたしっかりとした幹で構成された内容であり、非常に感銘を受けた。私自身、日頃から客観的事実を把握し、それを自分の言葉で迅速かつ的確に出すトレーニングが不足していることを痛 感させられた。
  • 「自らのやりたいことを職業とする」という話が印象的だった。会社という組織では、時にはやりたくないこともやらなくてはならない場面があると思うが、常に頭の片隅で自らの「やりたいこと」を意識し、そのための「アクション」を取り続けることを心がけたいと思った。
  • 繰り返し竹中さんが発した「自助自立」という言葉は、今、ここにある問題を解決するのは、私たち自身であるということを気づかせるための、厳しいメッセージと感じた。

 

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数々の輝かしい業績を誇る竹中さんだが、目立たない子どもだったという幼少時代、宴会を抜け出すコツ、若い頃の挫折経験、実の娘さんへの父としての 思いが汲み取れるエピソードなど、普段の授業や講演などでは見られない、人間的な素顔も垣間見せてくれた。一方で、一切メモを見ずによどみなく、ぶれることのない強い信念を語りかける姿は、小泉氏同様パッションの人として、受講生の心に強く響いたのではないだろうか。

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